ジェネリック医薬品試験事件

ケース課題(2007-02)

X社は、糖尿病用剤として「A錠」なる医薬を製造、販売している。同社は、その主成分であるAという化学物質について特許権を取得した。この特許権(「本件特許権」)は、今年1月15日に存続期間が満了している。
Y社は、今年の1月20日ごろから「B錠」なる医薬の製造、販売を開始した。B錠は、A錠の後発医薬品(いわゆるジェネリック医薬品)であり、同様にAを主成分とするものである。B錠もA錠もフィルムコーティング錠であり、B錠はA錠よりも直径/厚さが1ミリ小さい(同一の薬効が得られる。)ほかは、特段の違いがない。
後発医薬品といえども、先発医薬品とは異なる薬剤である以上、薬事法が定める製造承認を厚生労働省から得なければならない。そのために、安定性試験・生物学的同等性試験等を実施してデータを集め、審査をパスする必要があるが、Yは、本件特許権の存続期間中に、同化学物質を製造して上記各試験に使用していた。
Xは、Yが薬事法上の製造承認を得るために特許発明Aを実施した行為は、本件特許権を侵害する行為であったと主張し、実施料相当額として15万円の支払を請求した。
果たしてこの請求は認められるか。
なお、Xが、あえてこのような低額の損害賠償請求訴訟を提起したのは、後発医薬品メーカー一般に対する今後の同社の姿勢を決定する上で参考にするためである。


損害賠償額はディベートの論点にしないこと。専ら、権利侵害の成否について議論すること。

陪審による判決(Verdict)

原告の請求を棄却する

当事者間に争いのない前提となる事実

  • 特許法69条1項に言う「試験又は研究」は技術進歩を図る目的の試験・研究に限定して解釈すべきであり、例えば市場調査などであれば特許権の効力が及ぶ
  • Yによる試験は、新たな副作用の発見などといった具体的な成果が上がっているわけではない
  • 薬事法に則って製造承認を得るには、通常、申請から3〜4年の期間を要する
  • 近年高齢化や高度医療等によって患者と国庫の負担は年々増している。後発医薬品はそうした現状を改善する具体策のひとつである
  • 新薬開発は10年もの時間と莫大な投資が必要であるから、その保護は十分でなければならない
  • 本件のような問題は、特許法薬事法という趣旨を異にする法律の間にまたがるため発生している

争点

  • Yの行った試験は、技術の進歩に資するものであったか否か。専ら販売目的のための研究だったのか、それともXとは違った視点での副作用の確認等であったと言えるか
  • 特許権存続期間中に各種試験を行えない場合、特許権存続期間満了後も数年間は後発医薬品を製造販売できないが、これが実質的な独占期間延長と言えるかどうか。そうであるとしたら正当性があるか否か
  • 新薬開発のインセンティブは、特許権存続期間満了直後に後発医薬品を製造・販売されることで、低減するか否か

コメント

被告側は「薬品の製造承認申請のための試験自体が、特許69にいう試験に当た」り、「後発医薬品の製造承認申請のための試験自体に、技術進歩の潜在的可能性が認められるというべき」と述べていましたが、本件の製造承認申請のための試験は、本当に技術進歩に資していると言えるのか微妙なところだと思いました。
今回特に、副作用の発見・確認につき技術進歩の可能性を主張していましたが、生物学的同等性試験のみでは69条にいう試験には該当しないと判断するのが妥当でしょう。被告側が行った試験であることから被告側に試験内容につき立証責任があることを鑑みると、違法性の恐れもあいまって、技術進歩に資していると推認しがたいかもしれません。原告側が主張していたように、後発医薬品メーカは承認を得るためのデータとして、先発医薬品メーカ提出のデータを利用できる点もあり、この点に関して技術進歩を認めるのは難しいでしょう。
今回被告側が行った研究・試験の詳細な内容は明らかではありませんが、仮に剤型や投薬方法についての改良を目的とした試験等を行っていたとしても、その成果はあがっておらず、あくまで「潜在的可能性」に留まるものです。原告の指摘通り、このような不確定性が強い場合に69条にあたると言って良いのかと疑問に思いました。


特許調査、機能調査、改良・発展目的試験はそれぞれ法の目的に合致するものであり、69条の「研究又は試験」にあたると言えます。しかしながら、その内実、すなわち法目的合致性には濃淡があるでしょう。本件調査が該当すると思しき機能調査は、改良・発展目的試験と比べるとやはり法目的合致性に劣ると考えられます。たしかに機能調査は技術進歩に寄与するものではありますが、間接的であり、改良・発展への道を開くものという位置づけが妥当でしょう。そうであるならば、審査基準は厳格でなければならず、主として登録を得るための試験であるとされる可能性が高いのではないでしょうか。