道徳・ポリツァイ・西欧法制史

MIAU会員SNSにおける議論でコメントを書いていたら予想以上に長くなってしまったので転載。本当は別のことしなきゃいけない時ほど脇道に逸れてしまいます…どうにかならないかなこの習性。


私は法制史専攻ではないのですが、「思想的排斥」はキリスト教的倫理観以外の要請もあったのではないかと思います。

ご存知のように、古代ローマ社会において家父は家内唯一の自権者(sui iuris)として妻子への命令権を有していましたし、古代ゲルマン社会においてもほぼ同様に、家父はムントと呼ばれる支配権を有していました。妻や娘が姦通された/した場合や緊急の場合、夫は家父権に基づいて妻子を殺すことも売却することもできたとされます(あまりに不条理な場合は戸口総監から家父権濫用を問われたようですが)。ですから、姦淫は性的道徳の問題というよりはむしろ、家父権の侵害として意識されていたと思われます。

さて、古代社会は武力闘争がカジュアルに起きた時代でした。復讐が名誉と深く結びついていたからです。特にゲルマン社会における集団抗争たるフェーデは、武装していない子女や奴隷にとって大変危険でした。自分の属する血縁集団と対立する別の血縁集団から危害を加えられる可能性が高かったからです。

このことは少し時代を下って成文化されたサリカ法典などゲルマンの部族法典が主として犯罪や不法行為に対する金銭賠償を定め、「贖罪金のカタログ」となっていることからも明らかでしょう。

そして国王の支配域に限界があり権威も比較的弱かった時代に、「贖罪金のカタログ」を実質的に機能させたのが教会だったようです。メロヴィング王朝の頃に起きたといわれる「シカルのフェーデ」では、裁判によって贖罪金の支払いが決定したものの、双方の親族が治まらず闘争が続いたのですが、司祭の尽力と教会の仲介により和解が成立したとされています。おそらく後世の脚色は多少あるでしょうが、のちに一種の紳士協定(フェーデのときでも武装していない農民、聖職者、商人などに武力行使したら破門)である平和会議を司教が主催し、それが世俗の権力者たちよりも先んじていたことを考えると(ラント平和令は1103 年)、かなり現実味のある逸話だと言えるでしょう。おそらく当時はそこそこ自由な性風俗が維持されていたし(サリカ法典の「自由人の掠奪について」という章の8条には「自由人の少女が自分の意思で奴隷の一人を追いかけ、結婚した場合には、少女は自由人の身分を失う」とあって、前条が自由人の少女を攫った場合奴隷は生命を持って償わなければならないと規定されているだけに、かなり面白い)、教会も性的道徳というよりは流血沙汰を抑えることに力点を置いていたのだと思われます。

しかし同時期、教会改革や教皇革命が発生し、「聖」の純化が開始されます。聖職者の妻帯や女性と関係をもつことが禁じられたのはこの頃です。そして犯罪や不法行為に対して金銭賠償ではなく苦痛刑(死刑と身体刑)が科されるようになります。これは、苦痛刑を実行するだけの権力を諸侯が持ち始めたということも意味します。

中世も終盤に差し掛かると、教会法がかなり発達したり学識法曹が社会進出したり、ローマ法継受が進んだりしてきます。そこで出来たのが弾劾手続とか風評訴訟というもので、このあたりからおそらくはキリスト教的な道徳観による意識が大きくなったのではないかと思います。異端審問とか魔女裁判の手続きは、教会法の発達と密接な関係があり、教会のみならず学識者によっても積極的に主導されたようだからです(ジャン・ボダンも支持していたらしい)(一方で、世俗の権力も糾問訴訟や法典の整備、公的訴追機関の設置など法学的見地から恣意性や拷問を排そうとしていました)。

そして近世、ドイツの話になってしまいますが、神聖ローマ帝国の解体が進む中で、社会経済の長期的変動を「紀律(disciplina)」という視点から捉えなおすという考え方がエスライヒから提案されます。いろいろなものが壊れていくなかで、新しい秩序を立て直すべしというような理念が背景にはあったようです。注目すべきは、臣民の幸福を増大させるような良き秩序としてポリツァイ(Policey)という概念が取り沙汰されるようになったことです。このポリツァイを堅持し増進するために賭博や奢侈そして性風俗を統制するようなポリツァイ条令が発布されました(1530、48、77年)。しかもこれ、一般民衆からも支持を集めたらしいです。

日本においてキリスト教的道徳観は確かに強くないのですが、「神聖ローマ帝国の解体」を円とか土地とか年功序列とか安全とかに置き換えれば、かなり似通っているんじゃないかなと思います。だからちょっと黙って見て置けないんですよね。私には、ポリツァイが「美しい国」とか「品格」とかに見えます…。

あれ?書いていたら無駄に長くなってしまった。



しかも今読んだらまとまりもない…。