18歳未満の人たちがアクセスしている「それ」は、もう"the Internet"ではない

「盲点」になっている有害情報規制法案

MIAUで同じく幹事をやっている中川さんも既に述べているし、池田信夫先生の記事にもあるように、インターネット上の有害情報規制法案は、かなりまずい雰囲気である。児童ポルノ法改正や人権擁護法案共謀罪に関しては、現在(少なくともインターネット上では)かなり注目が集まっているが、本件に関しては同じくらいまずいのに、あまり耳目が集まっていないような気がする。
法案の目的は、「性に関する価値観の形成に著しく悪影響を及ぼす」とか「著しい心理的外傷を与える恐れがある」インターネット上の「有害」な情報について、青少年が見られなくなるように全部フィルタリングすることにある。これは、携帯電話のキャリアによるフィルタリングの話ではなくて(それは既に実施済みである)、インターネット全般が対象になっている。

Japan is building yet another “Great Fire Wall

ちょっと煽りを含む表現をすれば、この法案はJapan is building yet another “Great Fire Wall (by mhatta)ということだし、「18歳未満の人達がアクセスしている『それ』は、もう”the Internet”ではない」(by お魚さん)ということである。この法案、もし通ると18歳未満は現行のインターネットで利用されている様々なサービス(TwitterとかTumblrとかSNS)が使えなくなる可能性があるから、あながち嘘とは言えないはず…。
フィルタリングって格好良く仰っていますが、個別URLで識別なんてことはせずにドメイン指定でやられたら、(たとえ「健全」な利用であっても)18歳以上対象のサービスに移行しない限り、全滅なんですよね。というかwiki toolとかCGMとかはどうなるのでしょうか…。

以下、法案の内容を前掲の中川さんの記事から引用する。

1. 内閣府に設置される少人数の青少年健全育成推進委員会(最大数5人)っていう組織が、インターネット上の全てのコンテンツについて、青少年に有害か無害かについての判断基準を作成します。ちなみにその基準へ異論を申し立てる方法はありません。(法案19条から31条)
2. 個人も含む全てのウェブサイトの管理者は、上記の有害コンテンツの基準に合致した場合、サイトを丸ごと未成年が入れない会員制にするか、フィルタリングソフトへ自らのサイトをフィルタ対象として申請することなどが、求められます。(3条1項)
3. 全てのISPASP事業者などには、有害コンテンツの削除やサービスの停止が求められ、従わない場合の罰則も設けられます。結果としてウェブコンテンツの削除は行われることになります。(3条)
4. 全てのPC・携帯電話について、国の基準に基づいたフィルタリングソフトウェアをプレインストール、あるいは、フィルタリングサービスに強制加入することが、PCメーカー(努力義務)及びキャリア(提供義務)に求められます。(5条、8条)

なんか、ぶっちゃけ「18歳未満にはインターネット禁止」と言ってもらった方が(事態としてはよっぽど悪いのだが)いっそすっきりするような内容となっている。私が18歳未満だったら日本という社会に(もともと期待していないかもしれないが)絶望を深めるだろうし、もっと悪ければ規制されていることを知らずに生活していくのだろう。

性表現や暴力・残酷表現はゾーニングする必要があるけれど…

確かに、性表現や暴力・残酷表現の日常的閲覧*1は「青少年の健全な育成」に有害だろう。そこは国民的コンセンサスが取れていると思うから、コンビニの雑誌コーナーと同程度のゾーニングはした方が良いと個人的には思う*2。でも「学校裏サイト」と呼ばれているような所で行われているコミュニケーションのうち、「健全」なものと「著しい心理的外傷を与える恐れがある」ものとをどう識別するのだろうか?コミュニケーションは言葉単体では意味を成さず、文脈に依存する。同じ「ばか」という発言でも、「んもう、ばかばか」というスイーツ(笑)的甘えを含んだ「ばか」と、全人格を否定するような一言として発せられる「ばか」は含意が異なるけれど、現状としてフィルタリングソフトはそこまで賢くないし、また、送り手と受け手で発言の解釈が異なっていることだってよくあることだろう。いったい「有害」とそうでないものをどうやって識別するのだろうか?しかも「健全」な利用をしていたのに、突然サイトごと見れなくなる可能性があるのはかなり問題があると思う。

あと、背信的悪意者にはどう対応するのだろうか?例えばライバル企業や嫌いな相手の管理するサイトにいやがらせとして有害情報を載せたときは、ブラックリスト入りしてもあとでホワイトリストに戻れたりするの?それから、ウェブサイトの管理者である個人にまで報告義務を課すのはちょっと重たすぎるのではないでしょうか。メタタグとかで対応するにしても、コメント欄とかはどうなるわけ?

インターネットが可能にした得がたい経験もある

インターネットというところでは、確かに「性に関する価値観の形成に著しく悪影響を及ぼす」ような情報だってあるし「著しい心理的外傷を与える恐れがある」コミュニケーションが行われている。それは少数の事例とは言い切れないかもしれない。でも、そうなのだけど、インターネットが可能にした得がたい人間関係というものも確かにある。それは、私が実感を伴って言える数少ない確信のひとつである。具体的なお名前をあげればきりがないが、インターネットを使い始めて、なんというか世の中には尊敬すべきすごい人がたくさん潜伏していて、そういう人たちの日々の営みがあってこそ世界は回っていけるんだなという感慨を抱いた。現実に毎日会ったりとか書籍やテレビのみを通じてだったら、このような感慨は得られにくかったと思うし、そういう「発見」は別に18歳以上にならないとしてはいけないというわけではないと思う。

弊害の大きさが伝わらない難しさ

しかし、この問題の難しいところは、とりあえず説得したい対象としての国会議員の皆さんがインターネットをあまり利用していらっしゃらない場合が多いということだ。永田町で中川さんたちMIAUの面々とロビイングをしていても「そんなこと言ったって、私たちの若いころにはインターネットなんて無かったんだから、無くても(…というか無い方が)健全な育成が出来るでしょう?」という反応が返ってきがちなことだ(むろん全員ではない。「分かっている」先生もいらっしゃる。少数ですけど)。そうなると、説得はかなり難しい。

親になったことがないので想像するしかないが、親が危機感を持つ気持ちは理解できる。嫌なものを見せたくない、できれば傷つけ合うようなことはさせたくない、という気持ちも分からないでもない。親はいつだってそういう風に想っていてくれるようだ(子としてはときどきその愛が重たいけど)。でも、それと引き替えにするものの大きさが半端無いように感じられる。しかし、失われるものの半端無さを共感できない方たちに、どうやって言葉を紡いでいけば良いのだろうか。

公開質問状への対応

というわけで、ロビイングやパブコメ対応があったので、もう少し時間がかかります。皆様の目に触れないところで少しずつではありますが、いろいろと奔走しているので、ご理解のほどをよろしくお願いいたします。

*1:ご指摘があったので「性表現や暴力・残酷表現」に閲覧を加筆しました。hexeさんいつもありがとうございます。こういうのがインターネットの良いところなんだと思うんだ!

*2:いつも言っているようにこれはMIAUの公式見解ではないよ!