「Winny事件」無罪判決を理解するための法律学上の一視点

報道によれば、いわゆるWinny事件について大阪高裁が第一審の京都地裁判決を破棄し、Winny開発者である被告人に無罪を言い渡したということである。
本判決が公開された際には全文を読んでみようと思い立つ方もいらっしゃるかもしれない。そこで、本判決を読む際のポイントは何か、ということを提案してみたい。

法律学の観点からいえば、本件の主たる関心は著作権法分野ではなく刑法にある。すなわち本件において幇助が成立するかどうかである。

幇助とはなにか?

本件は、ファイル交換ソフトWinnyをインターネット上で公開し、その後、多くの場合著作権侵害にあたる行為を成すために用いられている実態を認識しつつ、さらにWinnyに改良を加えて提供した行為について著作権侵害の幇助を問われている。
しかし、そもそも「幇助」とは何なのだろうか。

刑法62条は以下のように規定している。

第62条 正犯を幇助した者は、従犯とする。
2 従犯を教唆した者には、従犯の刑を科する。

同法62条1項の「正犯を幇助」するとは、正犯による犯罪の遂行を援助・補助することを指している。本件で言えば、実際に著作権を侵害した者(正犯)の著作権侵害の遂行を援助・補助したことが問われているのである。
幇助犯も処罰の対象となるのは、犯罪の遂行を直接行ってはいなくとも、犯罪の遂行を促進するものであるから、犯罪予防の見地から禁圧する必要性があるためである*1。なお、幇助犯の処断刑は正犯の刑を軽減したものとなる(同法63条)。

幇助も属する共犯の類型として、他にも共同正犯(60条)および教唆犯(61条)があるが、本稿では詳述しない。三者とも犯罪の遂行に複数の行為者が関与する「共犯現象」について処罰の対象となる類型を定めたものである。

殺人犯が用いた包丁を作った者は幇助犯か?

幇助犯が処罰の対象となる実質的理由については前述したとおりであるが、幇助犯が処罰されるのは、正犯を通じて間接的に法益侵害の結果を惹起してしまうためだと考えられている*2
つきつめれば、著作権の侵害を引き起こしてしまうという「結果の惹起」を防止することを問題としているのだから、そこでは幇助犯の行為と法益侵害という結果との間の因果関係をどのように捉えるかということを考えなければならないことになる。

さて、本件の第一審である地裁判決が報道された際に提示された疑問として「Winnyの開発者がファイル共有者の著作権侵害を手助けしたというのであれば、殺人犯が使った包丁を作った人や包丁を売った人も罪に問われるのか?」というようなものがあったと思う。
このような疑問を法律学の言葉で言い直すと、「幇助犯の因果性をどのようにとらえるべきか」ということになる*3

判例は、「正犯行為を物理的または心理的に促進しあるいは容易にする」関係があれば、幇助の因果性を認めていると言われている。したがって、正犯を精神的に力づけ、犯行の意図を維持ないし強化することに役立つものであれば、幇助にあたると考えられる。

「正犯行為を物理的または心理的に促進しあるいは容易にする」というだけで教唆犯にしてもいいのか?

しかし、「例えば空腹でやる気が出ない正犯者に、意思連絡なく*4食事を提供した料理店の店主」のようにごく日常的な行為まで幇助とされてしまうのは妥当ではない。そこで学説上は、「共犯者が提供した物が、日常生活上、ごくありふれており、共犯者からの給付がなくとも正犯者が同等の給付を当然得られ、しかも正犯者の側に当該物を必要とする緊急性が認められないような場合には、正犯行為を物理的に促進したとはいえないとするものもある」*5

この説に従えば、「殺人犯が用いた包丁」が、一般的に家庭で見られるような包丁であれば、日常生活上、ごくありふれているといえるし、当該包丁を提供しなくても正犯者たる殺人犯は、スーパーなどで同等の包丁を当然得られるだろう。そして、正犯者の側に当該物を必要とする緊急性が認められないような場合であったら、正犯行為を物理的に促進したとはいえず、包丁を作った者は、幇助に問われないというにことになりそうである。
このような判断基準を採用すれば「Winnyの開発者がファイル共有者の著作権侵害を手助けしたというのであれば、殺人犯が使った包丁を作った人や包丁を売った人も罪に問われるのか?」という疑問にも答えられる。

京都地裁はどう判断していたか?

この点、第一審においては、Winnyが匿名性と効率性に優れたものであることや、正犯者(「甲」および「乙」)が「雑誌やインターネットからの情報により,同じファイル共有ソフトでもWinnyであれば捜査機関から逮捕されないものであると考え」ていたこと、「WinnyがWin―MXとは異なって,ファイルを持っている相手方と交渉する必要がなく,またばれにくい」と認識していたことなどを認定した上で、

被告人が開発,公開したWinny2が甲及び乙の各実行行為における手段を提供して有形的に容易ならしめたほか,Winnyの機能として匿名性があることで精神的にも容易ならしめたという客観的側面は明らかに認められる。

としていた。「正犯行為を物理的または心理的に促進しあるいは容易にする」関係を肯定している部分である。

他方で、京都地裁判決においても「殺人犯が用いた包丁を作った者は幇助犯か」問題については意識しており、

もっとも,WinnyはP2P型ファイル共有ソフトであり,被告人自身が述べるところやE供述等からも明らかなように,それ自体はセンターサーバを必要としないP2P技術の一つとしてさまざまな分野に応用可能で有意義なものであって,被告人がいかなる目的の下に開発したかにかかわらず,技術それ自体は価値中立的であること,さらに,価値中立的な技術を提供すること一般が犯罪行為となりかねないような,無限定な幇助犯の成立 範囲の拡大も妥当でないことは弁護人らの主張するとおりである。
(3)結局,そのような技術を実際に外部へ提供する場合,外部への提供行為自体が幇助行為として違法性を有するかどうかは,その技術の社会における現実の利用状況やそれに対する認識,さらに提供する際の主観的態様如何によると解するべきである。

と断わりを入れていた。
しかし、「被告人がどのような目的でWinnyを開発,公開していたのか,本件における幇助行為とされる時点において被告人がいかなる主観的態様であったかについて検討」した結果、

本件では,インターネット上においてWinny等のファイル共有ソフトを利用してやりとりがなされるファイルのうちかなりの部分が著作権の対象となるもので,Winnyを含むファイル共有ソフト著作権を侵害する態様で広く利用されており,Winnyが社会においても著作権侵害をしても安全なソフトとして取りざたされ,効率もよく便利な機能が備わっていたこともあって広く利用されていたという現実の利用状況の下,被告人は,そのようなファイル共有ソフト,とりわけWinnyの現実の利用状況等を認識し,新しいビジネスモデルが生まれることも期待して,Winnyが上記のような態様で利用されることを認容しながら,Winny2.0 β 6.47及びWinny2.0 β 6.6を自己の開設したホームページ上に公開し,不特定多数の者が入手できるようにしたことが認められ,これによってWinny2.0 β 6.47を用いて甲が,Winny2.0 β 6.6を用いて乙が,それぞれWinnyが匿名性に優れたファイル共有ソフトであると認識したことを一つの契機としつつ,公衆送信権侵害の各実行行為に及んだことが認められるのであるから,被告人がそれらのソフトを公開して不特定多数の者が入手できるように提供した行為は,幇助犯を構成すると評価することができる。

として、結局、有罪としたのである。

控訴審の大阪高裁がどのような事実認定および論理構成を採用したかについて、詳細は全文の公開を待たなければならないが、上記の論点について留意して読んでいただければ把握しやすいのではないかと思われる。


【追記】
本稿へのブックマーク・コメント欄において、本判例では認識ないし故意が問題となっているのではないかとの指摘がありました。しかし、各種報道及び傍聴された落合先生の手記を読む限り、故意に関する判断なのか、それとも本稿にいう因果性に関する判断なのか、その両方なのか、あるいは全く違うのかは未だ判然としていません。

「ソフトの提供者が不特定多数の者のうちに違法行為をする者が出る可能性・蓋然性があると認識し、認容しているだけでは足りず、それ以上に、ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるようにインターネット上で勧めて提供する場合に幇助犯が成立する」というとき、後段の「ソフトを違法行為の用途のみに又はこれを主要な用途として使用させるように」という部分が因果関係を指しているとも捉えられますし、前段の「違法行為をする者が出る可能性・蓋然性があると認識し、認容しているだけでは足りず」という部分との繋がりを意識すれば故意を問題にしているとも捉えられます。

このことは、本稿脚注*3で引用した小倉先生の記事でも指摘されていることですが、この点についても大阪高裁の全文公開を待たれるところです。

*1:山口厚刑法総論 補訂版』(平成17年・有斐閣)251頁

*2:ただし処罰根拠については学説上争いがある

*3:なお、小倉先生は「問題は、この判決は、中立的な行為による幇助における『幇助の故意』を厳格に解釈したものなのか、中立的な行為による幇助における『因果の相当性』を厳格に解釈したものなのかということになろうかという気もします」として、因果性か故意かという点を注意すべきと指摘されている http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2009/10/winny-a515.html 本稿では、因果性の問題として扱っているが、この点についても大阪高裁の全文公開を待ちたい

*4:引用者注:「意思連絡」とは、この場合両者の意思疎通を指す

*5:以上について、今井ほか『リーガルクエス刑法総論』(2009年・有斐閣)351頁