「SARVHvs東芝」をよく知るための私的録音録画補償金FAQ<基礎編>
SARVH(私的録画補償金管理協会)が東芝に対して補償金の支払いを求めていますが、この紛争の前提となる私的録音録画補償金制度とは何なのか、実はよくわからないという方も多いと思ったので、基礎的な知識をQ&A形式でまとめてみました。
紛争の具体的検討には立ち入りませんが、前提となる知識を得ていただければと思います。まずは基礎編からどうぞ。
Q 私的録音録画補償金ってそもそも何ですか?
A 私的使用目的でデジタル機器を使ったり記録媒体に録音・録画する場合に、著作権者へ利益を還元するために支払うお金のことです。
私的使用目的の録音・録画であっても、政令で定めるデジタル録音・録画機器(著作権法施行令1条)により、政令で定める記録媒体(同1条の2)に私的使用目的で録音・録画する者は相当な額の補償金を著作権者に支払わなければなりません。
参照:著作権法30条2項
私的使用を目的として、デジタル方式の録音又は録画の機能を有する機器(放送の業務のための特別の性能その他の私的使用に通常供されない特別の性能を有するもの及び録音機能付きの電話機その他の本来の機能に附属する機能として録音又は録画の機能を有するものを除く。)であつて政令で定めるものにより、当該機器によるデジタル方式の録音又は録画の用に供される記録媒体であつて政令で定めるものに録音又は録画を行う者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。
Q 補償金はコンテンツを録音・録画することの対価なのですか?
A 私的使用目的の複製は本来自由なので、私的録音録画補償金は純粋な意味での「対価」ではありません。
個人的に音楽をコピーしたり家庭内でビデオをダビングすること(「私的使用」といいます)は、著作権の侵害にはなりません。著作権法30条1項が著作権の及ぶ範囲を制限しているからです。
コンテンツに対してお金を出すのは、権利者がコンテンツ(著作物)に関して複製する権利や頒布する権利を持っていることを前提としているためですが、私的使用はこの前提が異なっています。
参照:著作権法30条1項
著作権の目的となつている著作物(以下この款において単に「著作物」という。)は、個人的に又は家庭内その他これに準ずる限られた範囲内において使用すること(以下「私的使用」という。)を目的とするときは、次に掲げる場合を除き、その使用する者が複製することができる。
一 公衆の使用に供することを目的として設置されている自動複製機器(複製の機能を有し、これに関する装置の全部又は主要な部分が自動化されている機器をいう。)を用いて複製する場合
二 技術的保護手段の回避(技術的保護手段に用いられている信号の除去又は改変(記録又は送信の方式の変換に伴う技術的な制約による除去又は改変を除く。)を行うことにより、当該技術的保護手段によつて防止される行為を可能とし、又は当該技術的保護手段によつて抑止される行為の結果に障害を生じないようにすることをいう。第百二十条の二第一号及び第二号において同じ。)により可能となり、又はその結果に障害が生じないようになつた複製を、その事実を知りながら行う場合
Q 私的使用はどうして適法なのですか?
A 私的領域における複製は微々たるものである半面、その把握は難しく、安価な交渉・課金が技術上の困難だからです。また、私的領域への干渉やプライバシー問題を惹起することもあり、自由とされています。
私的使用は、全体的に見ても微々たるもので、また営利の目的もないことから権利者に与える影響は少ないと言えます。また、私的複製行為は捕捉が困難ですし、仮に侵害を発見しても個々の複製による損害は少なく、獲得できる損害賠償額を考えると事実上請求の対象とはなりにくいことも指摘できます。さらに、一般的には権利者と複製者の交渉の場がなく、事前に両者が契約を締結するにはあまりに交渉コストがかかりすぎます。
従来のアナログの複製は精度が落ちていたため、劣化した複製が権利者の利益を不当に害するほどでもないということも理由の一つです。
そして、個人の自由という観点から、著作権法が私的領域にまで干渉することが果たして妥当かどうか、プライバシーとの関係で私生活の秘密を守る必要があるのではないかと考えられています*1。
Q 私的使用は適法なのに、どうしてお金を払わなければならないのですか?
A 複製技術の発達により、私的領域における複製が「微々たるもの」だと言いきれなくなってきたため、複製者から権利者へ利益を還元する必要が出てきたからです。
従来のアナログの複製は精度が落ちていたので、劣化した複製が権利者の利益を不当に害するほどでもないとされていました。しかし、現在はデジタルの複製が多く、手軽に大量に複製できて、しかもそれほど劣化しませんから、権利者の利益を害するおそれがあります。
また、私的領域で行われる複製であっても、インターネット等を通じて大量になされることも多く、全体的に見ても微々たるもので権利者に与える影響は少ないとはもはや言えないと指摘されています。
なお私的録音録画制度は、録音録画は自由であるとの前提に立ちつつ、補償金の支払いを義務付けているのであり、著作権の効力を制限している30条の適用除外として複製権が復活するものではないと考えられています*2。
Q 補償金を支払った覚えがないのですが…?
A ユーザーが直接支払うわけではありません。著作権者が複製者に直接私的録音録画補償金の支払いを求めるのは大変なので、代わりに機器や記録媒体を製造・輸入する事業者が指定管理団体に一括して支払い、権利者に分配するということになっています。
30条2項によれば、著作権者は私的使用目的でデジタル録音・録画する者に補償金を請求できます。しかし、複製者を探して請求するのは多大なコストがかかるので、デジタル録音・録画機器や記録媒体を製造したり輸入したりする事業者を介して支払うことになっています。私的複製をする者が複製に応じた補償金の支払いをするのではありません。
製造業者・輸入業者には、補償金の支払いや受領に協力しなければならないとされており(著作権法104条の5)、メーカー等が機器や記録媒体の代金に補償金額を上乗せして販売して指定管理団体(録音だと私的録音補償金管理協会[SARAH]、録画だと私的録画補償金管理協会[SARVH])へお金を渡すということになっています。
複製者が支払うべきであって、メーカーが本来支払うべき主体ではないので、かなり技巧的な法的構成です。受領協力義務であり支払義務でない点も気を付けてください。
第三十条第二項の政令で定める機器(以下この章において「特定機器」という。)又は記録媒体(以下この章において「特定記録媒体」という。)を購入する者(当該特定機器又は特定記録媒体が小売に供された後最初に購入するものに限る。)は、その購入に当たり、指定管理団体から、当該特定機器又は特定記録媒体を用いて行う私的録音又は私的録画に係る私的録音録画補償金の一括の支払として、第百四条の六第一項の規定により当該特定機器又は特定記録媒体について定められた額の私的録音録画補償金の支払の請求があつた場合には、当該私的録音録画補償金を支払わなければならない。
2 前項の規定により私的録音録画補償金を支払つた者は、指定管理団体に対し、その支払に係る特定機器又は特定記録媒体を専ら私的録音及び私的録画以外の用に供することを証明して、当該私的録音録画補償金の返還を請求することができる。
3 第一項の規定による支払の請求を受けて私的録音録画補償金が支払われた特定機器により同項の規定による支払の請求を受けて私的録音録画補償金が支払われた特定記録媒体に私的録音又は私的録画を行う者は、第三十条第二項の規定にかかわらず、当該私的録音又は私的録画を行うに当たり、私的録音録画補償金を支払うことを要しない。ただし、当該特定機器又は特定記録媒体が前項の規定により私的録音録画補償金の返還を受けたものであるときは、この限りでない。
著作権法104条の5 製造業者等の協力義務
前条第一項の規定により指定管理団体が私的録音録画補償金の支払を請求する場合には、特定機器又は特定記録媒体の製造又は輸入を業とする者(次条第三項において「製造業者等」という。)は、当該私的録音録画補償金の支払の請求及びその受領に関し協力しなければならない。
小括
- 私的録音録画制度は、デジタル録音・録画を対象とし、指定管理団体(私的録音録画補償金協会)が、(政令により指定される)録音・録画媒体/機器の製造業者/輸入業者から補償金を徴収し、製品の価格に補償金分が上乗せされる仕組み(著作権法104条の4・104条の5)。
- 著作権者への利益の還元が目的。私的使用目的での複製の自由を確保しつつ、金銭で合理的解決を図ろうとする制度である。
次は応用編です。