パブコメ(全文)

茶会のパブコメ
なんとなくだーっと載せてみます。
なぜいまさら、という批判は却下します。*1

知的財産基本法の施行状況に対する意見
             by ロージナ茶会http://grigori.jp

●総論

現在の状況を鑑みるに、知的財産基本法(以下「基本法」)の示す政策の両軸である、知的財産の「保護」と「活用」の二面について、保護面についての対策が著しく先行しており、基本法第8条で示される、活用面での対策がなおざりにされていることは、均衡を欠くものとして批判すべきところである。

すなわち、知的財産を商業利用し経済的利益を生ずる企業体の意向に沿った方向への進展は見られる。一方、基本法第8条2項に示される、知的財産を生み出す源泉である創作者本人の実質的な利益の増大のための施策や、基本法第10条に示される、これから創作者へと成長するだろう人を含む集団である利用者の便益を増すような施策は、未だしの感が強い。とくに、基本法第18条2項に示されているような、新しい知的財産の利用方法、あるいは利用方法の多様化に対応した「権利内容の見直し」が権利保護強化にのみ向いており、利用を促進するための権利調整の視点が欠如していることは、強く批判すべきところである。

また、基本法第20条において、基本法に沿って進められている施策の前提となる調査・統計を進め、さらに施策の評価を行うものとしている。しかしながら、ある施策が実行された結果、実行前と比較して効果(目的適合的効果)が生じたのか、また施策から生じた副作用(目的外に生じた損失、抑制的効果、負の外部効果、機会費用)についての評価、さらには、効果と副作用の比較衡量の基礎となる資料がそもそも不足している。計画 (Plan)、実施 (Do)、点検 (Check)、見直 (Act) という計画実行の循環的手順について考えるとき、点検を行うためには、実施の段階での効果測定が必須であり、その資料の公開を見た上でのみ、適切かつ客観的評価が可能となるのである。それゆえ、今回の意見募集において具体的提案ができないことも止む無しとする。

以上の総論をもとに、我々ロージナ茶会は、以下の点について、専ら著作権法分野について提案を行う。

●提案項目

(1) 知的財産基本法、および知的財産推進計画においての権利範囲について
(2) 知的財産推進計画において実施された施策の効果測定について
(3) 知的財産創造への投資促進策について
(4) 創作者本人への実質的利益増大への対処について
(5) 二次的著作の実態把握について

知的財産基本法、および知的財産推進計画においての権利範囲について

基本法第2条1項、2項に見られる定義においては、著作権がそのまま含まれている。しかし、著作権は、他の諸権利と異なり、著作者人格権と著作財産権の二つの権利から構成されている。著作財産権については、経済的利益を目的としていることから、経済的評価になじみ、施策の計画、実施、点検、見直という計画実行手順を行いやすいといえる。一方、著作者人格権については、人格権という経済的評価になじまない価値と近い関係にあるために、創作者あるいは権利者の主観的価値判断が強く影響するため、計画実行手順を具体的に策定する場面において、評価基準を定めることが困難で、結果的に慎重な態度が要求されることになり、「保護」が先行し、「活用」に対して抑制的になる原因となっている。

とくに、コンピュータの普及による情報活用・加工技術の発展、インターネットの普及による情報配布・交換技術の発展により、利用者による知的財産の活用が容易となっており、この技術革新から生じる個人的・社会的便益を、創作者、利用者双方の利益として戦略的に取り込んでいく視点が必要である。このとき、そうした利用者における知的財産の活用は、しばしば著作物の二次的利用となり、その結果として二次的著作物が生み出されることになっている。このとき、経済的価値の観点からであれば、合理的な著作物の二次的使用(利用)条件が決定できうるだろう場面であっても、人格的価値の観点、──すなわち二次的利用法への好悪といった主観的価値── から先のような二次的利用を禁じてしまう可能性が現に存在している。また、経済産業省等からあげられている、ソフトウェアについての「ライセンス雛形」を作成する計画についても、著作者人格権との整合性が問題としてあげられているために、現在も公開がされていないと聞いている。

このように著作者人格権は、知的財産推進のための「計画」に、なじみにくい観念であるといえる。さらに、計画を合理的に設定し着実に遂行するためにも、知的財産基本法等では、著作者人格権を除いた著作財産権のみを対象として計画を立て、計画の遂行段階で生じた著作者人格権に関連する問題については、個別に対処するものとすべきである。知的財産の効果的な活用は 緊急を要するものであり、まず活用を促進する方向に舵を切るべきである。そのためにも、知的「財産」権を対象とすることを明確化する必要があるものと考える。

付言するならば、米国の知的財産の運用実態において、著作者人格権 moral right は、日本のそれに比較して著しく小さな扱いがされており、創作者・権利者の人格的利益の主張が知的財産の活用を阻害・抑制する場面がほとんどない。米国の権利強化の側面ばかりに眼を向けるのではなく、合理的(取引費用の少ない)制度運営についても学ぶ必要がある。権利強化を主とする現状のままの知的財産戦略は、いずれ創作活動の致命的逼塞状態を招く恐れがある。

●知的財産推進計画において実施された施策の効果測定について

知的財産推進計画において、いかなる施策が実施されたかについては、各法律の改正状況等を見ることである程度把握することが可能であるが、完全な把握は難しい。知的財産戦略本部は、今回のパブリックコメントの際に、各計画についてどのような形で実施されているかを先んじて公開するべきであった。また、それら実施された施策について、どのような効果が得られているかを評価しうる程度の統計資料がまとめられ、公表されていなければならないはずだ。
基礎的な資料が存在しないのにもかかわらず、意見募集をするということは、基本法第20条の規定にもかかわらず、意見を述べようとする者に資料収集を委ねているように見える。現在のままでは、収集の努力や負担に耐えうるある程度の資金力と研究資源をもった団体のみが意見を述べることになるだろう。もしくは、意見募集において集められる意見は、単なる印象評価や願望に近い要望に止まってしまう。意見募集を、ある政策を推進するにあたっての形式的な「言訳」としないためにも、さらに国民の知恵を政策に生かすためにも、意見を形成するのに必要な基礎的資料を準備・公表するべきである。

例えば、著作権関連で実施しなければならない調査として、以下のものが考えられる。これらについての調査を行い、実際に効果が上がっていないようであれば、その制度の見直しを含めて考えるべきであろう。

・書籍に関する貸与権 (知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画)
レンタルコミック店への対応策として、著作権の附則が削除されている。まず、この制度がきちんと運用されているかどうかを調査する必要がある。出版物貸与権管理センターは創設されたものの、ウェブサイトでは貸与許諾書籍の一覧すら公開されていない状況が続いていて、実際の運用状況も不明であるため、調査の必要がある。また、この制度によって、実際に新刊市場 (特にレンタルコミック店によって影響を受けると考えられるコミック市場) がどの程度伸びているか、レンタルコミック店への影響はどの程度かについても、あわせて調査する必要がある。

著作権等の保護期間 (知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画)
映画の著作権の保護期間が50年間から70年間に延長されたが、この延長で、いかなる形態で、どの程度の量の活用が行われたのか、また、この延長で、どれだけ創作に影響を与えているのか。具体的には、法律の施行後に、著作権の延長された著作物がどれだけの収益をあげているのかを調査する必要がある。また同時に、著作権が延長されたことで類似作品を公開できなくなった等の事例があるかどうかも、調査する必要がある。さらに、期間の延長によって滅失の可能性が生まれた事例、逆に保護・活用が進んだ事例についても公表する必要がある。

レコード輸入権 (知的財産の創造、保護及び活用に関する推進計画)
・音楽レコードの還流防止 (知的財産推進計画2004)
わが国の音楽産業が、アジアへの音楽商品の輸出を拡大し、進出するために作られた制度である。この法律の施行後、どれだけの数の音楽商品がアジアで生産・流通するようになっているのか。具体的には海外での生産数、販売枚数、ライセンスの状況等を調査する必要がある。

・損害賠償制度を強化する (知的財産推進計画2004)
知的財産権侵害に係る刑罰を見直す (知的財産推進計画2004)
罰則の引き上げにより侵害件数を減らすことを目指しているが、これによって実際の侵害件数にどの程度の差が出ているのか、また、引き上げられた上限の刑罰が利用されているのかどうかについて、調査する必要がある。
●知的財産創造への投資促進策について

創作者本人あるいは創作活動を事業とする企業体に潤沢な資金があれば、良質な創作が着実に行われるという主張は根拠薄弱であると考えるが、潤沢な資金があれば、良質な創作がなされる可能性が増大するだろうことについては、経験的に合意できると考える。この限りにおいて、創作活動への広い意味での投資が活発化することは、わが国の知的財産戦略を推進するにあたって 必要不可欠な施策であることは疑いない。

しかしながら、著作権領域における創作活動とくにエンタテイメント業界における、投資状況と回収状況の資料が決定的に不足している。ある作品を生み出すのに必要であった費用の内訳、創作に直接携わった創作者への収益の配分割合、間接部門が必要とする費用・収益配分割合の平均的値など、現状の検討と評価に必要な調査を行い 結果を公表すべきである。米国における典型的とされる費用、収益の配分割合についての比較的詳細な資料は、書籍等においても見ることができるが、日本におけるそのような資料は、入手しやすい状況において公開されていない。知的財産戦略本部の責任において調査を行い公表すべきだろう。とくに重要な調査項目は、ある作品が獲得した収益の どの程度の割合が創作者本人に支払われているかの数字である。また、間接部門の費用の割合とその費用の根拠である。

こうした基礎的な調査が行われ、資金の流れが明確化して初めて、エンタテイメント業界における創作活動への投資が、合理的計算のもとに可能になるのである。現在の創作活動への投資は、不透明・不明瞭な資金の流れが原因となって、一般的な金融・投資家が参入し難い状況を生んでいる。知的財産推進計画においては、知的創作活動を活性化するため、資金の流れや利益の支払割合を透明化し、一般的な金融・投資家が参入しやすい投資基盤の整備を推進しなければならない。 逆に、一般的な金融・投資家からの投資を受けて行われる企業体での創作活動については、投資家保護の観点から明確な資金計画と、資金運用の説明責任を負わせることが必須であろう。

以上のように投資・資金面からの基盤整備が不十分であると考えるので、知的財産推進計画においては、エンタテイメント業界における透明かつ合理的な投資環境の整備を重点的に推進すべきである。

●創作者本人への実質的利益増大への対処について

知的財産権の保護強化は、しばしば創作者本人の利益を増大させる目的として行われる。しかしながら、この論法が正当性を持つためには、利用者による知的財産への支払いと、創作者本人への支払いが連動しているという前提が必要である。
ところで、近年、知的財産権保護が強化される傾向にあることは明らかであるが、創作者本人の経済的状況、社会的待遇が向上したようには見られない。むしろ、創作者本人の状況は悪化しているらしい情報に触れる機会が多い。統計資料が無いために断言できないが、権利強化が進む一方で、創作者本人の状況は改善されないという状況が起きているように思われる。このような状態では、権利強化の正当性に疑問が生じるのみならず、知的財産創造循環を維持できなくなり、わが国の知的財産戦略が、結果として創作者・利用者搾取につながりうる。

そこで、「権利強化→創作者本人の利益増大」という利益循環を阻害する最も大きな理由と見られる、職務著作規定(著作権法第15条)と映画の著作物についての権利者の擬制(著作権法第16条)を廃止することを提案する。これらの使用者を権利者とする規定が存在しなくなることで、労使関係における創作者本人の交渉力が強くなり、より円滑な利益循環が実現することが期待される。

当然、それらの規定を廃止することで、多数の創作者が関与する創作活動における権利処理・利益配分が複雑になることが予想される。これは、(1)で述べた合理的制度運営の観点からは望ましくない状態である。そこで、知的財産戦略においては、多数の人間が関与する創作活動について権利処理を支援するデータベースや権利処理システムの開発(投資事業有限責任組合法の更なる整備など)を推進すべきである。総務省によって行われていた「著作権リアランスの仕組みの開発・実証(権利クリアランス実証実験)」はその例となるものであるが、これではまだ非効率的な面も多い。経団連の「映像コンテンツのブロードバンド配信に関する著作権関係団体と利用者団体協議会との合意」等ともあわせ、自動的に権利処理ができるシステムを推進するべきであろう。
加えて、創作者本人の労働実態についての調査をもとに、創作現場における創作労働契約および創作請負業務契約についてのモデル契約を策定するべきである。さらに進んで、創作者本人の利益保護を目的とし、最低限の契約条件を強制するような特別法を準備すべきである。

●二次的著作の実態把握について

今回の意見募集にはそぐわないかと考えられるが、一件、著作権についての意見も付記させていただく。
(1)でもあげているように、現在の知的財産、特に著作物の活用では、著作物の二次的利用が多くあると考えられており、実際に二次的利用が多く見られるが、実際にどの程度二次的な利用がなされているのかについては、具体的なデータが存在しない。また、二次的利用に際して、どの程度のコスト――二次使用料だけでなく著作者の特定や交渉にかかるコストも含む――がかかり、そのコストがどの程度創作にマイナスの影響を与えているのかということについても判然としない。
情報通信政策研究所の「メディア・ソフトの制作及び流通の実態」においても、「素材利用については、データ把握のための枠組みが存在しないケースが多く、ソフト流通量や販売額を特定することは困難である」ということから、参考データとしてあげられているにすぎない。しかし、現在のインターネットのコンテンツやリミックス音楽の市場、同人誌市場などの状況を見るに、潜在的違法状態にあるものも含め、多くの二次的著作物が作成され、流通されているものと推定される。

まず、この二次的利用の実態について詳細な調査を行い、実態把握を行うべきである。その際、単純に違法であるとして摘発するのではなく、それを容認する制度を創設することによってコンテンツの増大を図ることとのバランスを考えて行うべきであろう。
また、二次的利用を行いやすくすることによって、権利侵害状態が解消するということも多く存在するはずであり、その考察も必要である。

以上。

*1:気分です、気分