特許権の保護期間を延長しているのだから、著作権の保護期間も延長して良い?

知らぬい - 追記(9月2日)に対する私のコメント

純粋に疑問なんですが「70年に延長した場合に、権利者のメリットが…」とありますが、70年に延長することを前提にしているのは弊害の程度の問題だからですか?その場合、所有論など正統性はどう解するのでしょうか?

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/shiranui/20070829/p2

に、お返事をいただきました。id:shiranuiさんありがとうございます。

inflorescenciaさんは、私の追記が70年に延長することを前提にしていることを指摘されていますが、私は、著作権の存続期間を延長すべきだとか延長するのが正しいとは思っていません。かといって延長に絶対反対するものでもありません。

私の追記分は、仮に70年に延長したならばという仮定の話で、著作権者のメリット、利用者のデメリット、デメリットの解消策を、現在と対比して検討すべきということを言いたかったのでして、つまり「仮に」の語が抜けていたということです。70年が前提であるというような、そんなに深い意味はありませんでした。

http://d.hatena.ne.jp/shiranui/20070829/p3

とのことで、私の誤解だったようです。申し訳ありません。


でもその上で、さらにお聞きしたいことがあります。shiranuiさんは

根無し草のようにふらふらしているのかも知れませんが、私の今の気持ちは、「延長してもいいのではないか。延長するかしないかを決めるのには検討が必要だ」というところです。

これは、私が特許法等を勉強しているからでしょうね。たぶん。

毎年のように行われる特許法等の法改正は、保護強化か審査の促進か国際的調和を理由とするものです。例えば、工業製品の美的創作を保護する意匠法は、今年の4月1日に施行された法改正により、存続期間が15年から20年に延長されました。ネットでは意匠法の改正の反対運動を見たことありませんでしたけど。

そのため、存続期間を延長する改正は、有り得るものだと思っています。

と仰られていますが、特許法・意匠法の保護強化と著作権法の保護強化を同じくして考えて良いのでしょうか。確かにどれも知的財産権ですが、両者の間に違いがあることも確かです。


以下はshiranuiさんの主張にはないことなので、私の勝手な解釈になります。なのでshiranuiさんの論説に対する批判ではないので御容赦のほどを。ここでは、「特許法等は保護が強化される傾向にあり、保護期間も延長されているのだから、著作権の保護期間も延長して良い」という考えと読み替えて、反論を試みてみたいと思います。


知的財産を保護する法律には、特許法著作権法、商標法、不正競争防止法、意匠法、実用新案法があります*1。どの法も知的財産つまり情報を守るためにありますが、それぞれの法は目的・趣旨を異にしています。そのため、詳しく見ると性質や態様が違っています。ここでは、特に著作権法特許法・意匠法との相違について見てみましょう。


著作権法特許法、意匠法は、どれも知的創作物を保護し、インセンティブを確保する創作法です。しかし、目的が異なります。著作権法は文化的創作を守ることを目的としていますが、産業財産権法(工業所有権法)である特許法、実用新案法、意匠法、商標法は、産業上の利益保護を目的としています。
また特許法などが新規性を要求しているのに対して、著作権法は模倣のみを禁じ、表現の新規性を要求していません。そのため、特許法などが技術やデザインの新規性を調査する専門機関を必要とし、登録を要求しています(方式主義)。ですが、著作権法では無方式主義をとり、審査や登録を一切しなくても保護されます。著作権の成否は、模倣の有無という形で事後的に裁判所が判断することがある程度なのです。
また、保護期間(権利の存続期間)もだいぶ違います。著作権法ではおおよそ

著作物の種類 保護期間
実名(周知の変名も含む)の著作物 著作者(共同著作物の場合は最終死亡者)の死後50年
無名・変名著作物 公表後50年(死後50年経過が明らかであればそのときまで)
団体名義の著作物 公表後50年(創作後50年以内に公表されなければ創作後50年)
映画の著作物 公表後70年(創作後70年以内に公表されなければ創作後70年)

となっています*2。対して意匠権は、設定登録から20年*3です。特許権の場合は、原則として出願日から20年*4です。


以上の違いが、保護期間延長論にどのような影響を及ぼすでしょうか。
まず、登録されるかされないか、が大きな差になります。特許権意匠権の場合は登録され公示されますから、第三者が利用したい場合の交渉相手が大変明確です。登録広報には権利者名や住所等が記載されていますし、最近はウェブでサーチもできます*5。しかし、著作権法では無方式主義のため、著作権者が誰かわからないことが多いのです。相当な努力を払えば裁定を受け、使用料相当額を供託することができますが、その労力は大変なものです。昨今、創作者団体協議会が著作権者情報検索のためのポータルサイトを構築すると発表しましたが*6、実効性に懐疑的な声も多く、また無方式主義を採る以上、万全を期すのは難しいでしょう。
権利者へのアクセスの悪さは延長のデメリットになりますが、著作権法ではその可能性が特許権や意匠法と比べると高いと言えるのです。


次に、保護期間に長短があります。著作権の保護期間延長問題は、実名の著作物につき、著作者の死後50年であるのを死後70年に延ばすべきかどうかが主たる論点ですが、日本人の平均寿命はおおまかに言って80年。つまり、短命な方もいますが、現在は130年ほど保護されると期待できます。しかし、意匠権は設定登録から20年、特許権は原則として出願日から20年です。ここには大きな開きがあります。
さらに、起算点の問題もあります。特許権意匠権は登録や出願から数えますが、著作権は著作者の死亡から数えはじめます*7。期間の明確性という意味で、両者は異なります。権利が切れているかどうかはっきりしないために、利用者が不測の損害を受ける可能性が高くなるといえるのです。しかも過去のことほど調査は大変ですから、その点も考えに入れておかなければならないでしょう。
上記のことが要因となって、コンテンツの死蔵化を招くことは必至です。こうしたデメリットは程度の問題であって、もちろん現在でも発生していることですが、その程度がより甚だしくなると言えます。


そもそも、著作権が守られることによるメリットってなんだったでしょうか。
「お金が支払われなければ、あるいは他の人たちから敬意が得られなければ、創作できない」なんてことはないと思います。それは日々たくさんのbloggerたちが無償でコンテンツを提供したり、権利なんて概念のなかった頃の昔の人が多くの名作を残していることからも明らかです。創作の着手段階で経済的なインセンティブは問題となりません。でも、創作にはコストがかかりますから、お金をもらえることはやはり後から考えると著作者にとって嬉しいことです。

その前提として、作品が多くの人に知られる必要があるため、広く作品が流通してこそ、公正な評価を受ける可能性が増し、経済的対価を回収する可能性が増すということを白田先生は指摘していました*8


著作権は、社会福祉でも年金でも敬意を強要するものでもありません。作品にお金を払うかどうか、作者を尊敬するかどうかは、受け手に委ねられているからです。そうではなくて、著作権は著作者が自分の作った作品について、公正な評価や経済的利益を受けられることを守るものです。だとするならば、根本となるのは作品の流通です。作品が多くの人に届かなければ、評価も利益も受けられません。


延長しないことによって、著作者は損をするばかりではありません。メリットだってあって、それは権利が切れることによって、悪くなっていた血行が良くなるように、作品が自由に流通することではないでしょうか。そしてさらに、著作権者は利用者でもあることも、忘れてはならないと思います。

*1:ただし、民法上の不法行為法も知的財産の保護機能を有する

*2:著作権法51条2項〜54条

*3:関連意匠の存続期間は、本意匠の設定登録日から20年。意匠法21条

*4:特許法67条1項。ただし薬事審査等により、特許発明を実施できる期間が短縮された場合は、最大5年を限度として存続期間が延長されることもある

*5:http://www.publication.jpo.go.jp/utility/do/usr/topmenu?lang=j

*6:http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20355555,00.htmを参照

*7:正確には死亡年の翌年1月1日から

*8:http://thinkcopyright.org/shirata0115.htmlを参照