商標の機能と適法なダウンロードからみるエルマークの不十分さ
何かと話題のエルマークは商標なのだが、商標にはトレードマークと言われる「商品について使用をするもの」(2条1項)とサービスマークという「役務について使用をするもの」(2条2項)とがある。エルマークについては以下のように登録されているようだ*1。
【商品及び役務の区分並びに指定商品又は指定役務】
第9類 ダウンロード可能な音楽・音声・画像・映像・映画,ダウンロード可能な携帯電話の着信音用の音楽又は音声,ダウンロード可能なゲームプログラム,レコード,メトロノーム,電子楽器用自動演奏プログラムを記憶させた電子回路及びCD−ROM,インターネットを利用して受信し、及び保存することができる音楽ファイル,映写フィルム,スライドフィルム,スライドフィルム用マウント,インターネットを利用して受信し、及び保存することができる画像ファイル,録画済みビデオディスク及びビデオテープ,電子出版物,業務用テレビゲーム機,電気通信機械器具,コンピュータプログラム,電子応用機械器具及びその部品,家庭用テレビゲームおもちゃ,携帯用液晶画面ゲームおもちゃ用のプログラムを記憶させた電子回路及びCD−ROM
第35類 広告,トレーディングスタンプの発行,商品の販売に関する情報の提供,インターネットを利用して受信し、及び保存することができる音楽ファイル及び同画像ファイルの小売又は卸売の業務において行われる顧客に対する便益の提供
第41類 オンラインによる音楽・画像・映像・動画・映画・ゲーム・電子書籍の提供,映画・演芸・演劇又は音楽の演奏の興行の企画又は運営,映画の上映・制作又は配給,演芸の上演,演劇の演出又は上演,音楽の演奏,音楽の演奏に関する情報の提供,放送番組の制作,電子出版物の提供,レコード又は録音済み磁気テープの貸与,録画済み磁気テープの貸与
第45類 著作権又は著作隣接権の管理に関する情報の提供,著作権法等の法律情報の提供
商品にもサービスにもどちらにもマークを使用できるようにしているみたいであり、実際のところは
マークは、配信サイトのトップページとダウンロードページに表示。レコ協が音楽配信事業者から申請を受け、審査した上で適法と認められれば無料で発行する。
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0802/19/news112.html
というわけで、サイトのトップページとダウンロードページとに付けるという運用をするようですね。
さて、そもそも商標の機能は、学説に争いあるも、「出所表示機能」「品質保証機能」「宣伝広告機能」の3つだと言われている。出所表示機能は、その名の通り、「でどころ」を識別させる働き。ぱっと見て商品とメーカー、サービスと事業者とを結びつける働きをローコストで実現している。品質保証機能というのは、例えば吉野家には低価格でなかなか美味しいというイメージがあり、需要者である買い手もある値段と量と味を期待する、とかそういうこと。宣伝広告機能というのは、ある商標に多大な宣伝広告費をかけた結果、具体の商品の価値を超えた財産的価値が生じている場合のことを言う。まあ女の子たちが欲しがるといわれているブランドなんかを思い浮かべてみてください。「こんな革だったら、もっと良い品で安いのがあるのに…」と言う反論が効かないのは宣伝広告機能があったりするからなのです。
つまり、商標法の目的は「商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護すること」(1条)にある。
そして出所識別、品質保証機能を保護し、商標権者の信用を保護するとともに、流通秩序を維持し、需要者すなわち消費者に商品やサービスの出所の同一性を識別させ、購入の際に選択を誤ることなく自分の欲しい、一定の品質の商品やサービスを入手できるようにして、需要者の利益を保護しようとしている。で、結果としてたまに宣伝広告機能を備えた商標も出てくる。
したがって、エルマークで果たされている機能は以上の観点から言うと
- 社団法人日本レコード協会(RIAJ)等から許諾を得た、音楽配信事業者であること(出所表示機能)
- RIAJなど(インディペンデント・レーベル協議会(ILCJ)、インディペンデントレコード製作事業者協会(IRIA)、インディペンデント・レコード協会(IRMA)加盟各社)と契約した上でレコード音源等を配信していること(品質保証機能)
という2点になる(まだ具体の商品の価値を超えた財産的価値が生じているとまでは言えないだろうから)。
これはこれで意味のあるマークかもしれないが、「ダウンロード適法」というにはあまりに機能が少ない。商標それ自体では「利用者が迷うことなく当該音楽配信サイトが適法かを識別できる」ことを担保することはできないのだ。
「ダウンロード適法」というには不十分であることは既に多くの論者が指摘しているが、商標という点に注目し、エルマークでできていることとできないことを意識した議論をしていないと感じる。そのため、以下では批判を引用し、商標上の機能ごとに分析して検討してみたい。
いずれにせよ、携帯電話からも、このマークが掲載された事業者やサイトの一覧が確認できるものかと発行機関についてというページを見ると、「マークの発行を受けた配信サイト及び運営事業者の一覧は、パソコンにてご確認ください。」となっており、携帯電話からのみインターネットを利用する方には、携帯サイトにマークが表示されていても、それが真に日本レコード協会の認証を受けたマークなのかを確認する術がない状況にあります。このマークを実効性あるものにするためには、認証を受けたサイトの一覧PDFファイルの掲載で終えるのではなく、認証サイト検索システムなどを構築しなければ、マーク設置の目的は達成されないのではないかと危惧します。
http://d.hatena.ne.jp/illegal-site/20080219/p1
いつもながら仕事の早い日本違法サイト協会さんの上記の指摘は、出所識別機能に関わるものであると思われる。パソコンからだと出所識別機能を十全に果たしているが、モバイルからだと不十分ではないかという趣旨。
しかし、「認証を受けたサイトの一覧PDFファイルの掲載で終えるのではなく、認証サイト検索システムなどを構築しなければ、マーク設置の目的は達成されないのではないか」との批判は、一般に流通している商標全般に当てはまるものである。いや、そりゃ認証サイト検索システムとかがあった方が実効性があるのだけど、商標という観点から言えば、「需要者が見ただけで判断できる」という識別コストの低下(ある登録商標は「独占的」であるため、いちいち流通経路を検証しなくても大丈夫)にポイントがあるわけだから、この批判は商標たるエルマーク自体に対しては妥当しない。
ただ、そんな不完全な体制で(つまり登録商標を使うだけで)「利用者が迷うことなく当該音楽配信サイトが適法かを識別できる」ってのは甘いんじゃないの?という批判であれば、それはごくごくまっとうなご意見だと思う。
考えるまでもなく、日本レコード協会に関係する権利者の許諾を得ているからといって、そのサイトのすべての著作物について、適法配信であることを担保するものは何一つありません。このマークは、日本レコード協会に関係する権利という、世界中の著作者のうちごく限定された一部の権利について、その許諾を示すものでしか無いのです。もちろん、ごく限定された一部とはいえ、現在日本で商業的に流通する音楽関連コンテンツの中では大多数と言っていい割合を占めているでしょうから、このマークがあれば、そのコンテンツは「おおむね」正規の許諾を受けている、と識別できるでしょう。しかし、著作権法改正の議論において求められているのは、言うまでもなくすべての権利者の権利の保護であり、一部の権利者の保護ではありません。「おおむね」ではなく「完全に」許諾を得ていることの確認が求められる場面において、このマークの有無で識別できることは皆無に等しいと言えるでしょう。
http://d.hatena.ne.jp/illegal-site/20080220/p1
これもやはり日本違法サイト協会さんのRIJAのFAQに対する批判。これは、エルマークの品質保証機能が、利用者が迷うことなく当該音楽配信サイトが適法かどうかを識別できるという目的に照らしてみると不十分である、という主張として読み解くことができる。だって、エルマークが付いていることは、RIAJとかと契約した上で音源を配信していることを示すだけなのだから。そしてRIAJ自身が認めているように、エルマークがついていないからといって、そのサイトやコンテンツは適法とも違法とも言えない。そのことはhexeさんが指摘している通りである。
もうひとつエルマーク特有の問題としては、どう頑張っても国内の商業的な楽曲しかカバーできない点がある。エルマークを「適法マーク」として機能させるためには「エルマークのない音楽コンテンツは違法」という二項対立の状態に持ち込みたいはずだ。しかし実際には非商用コンテンツやカジュアルな鼻唄レベルのコンテンツにはエルマークをつけるインセンティブがない。たとえば自作の PodCast 番組にエルマークを付ける酔狂がどのくらいいるかって話だ。海外サイトとか問題外だしねー。つまりエルマークでは「適法」という差別化ができないのである。ならばエルマークは何を意味するのかということになる。単に RIAJ との癒着構造を宣言するマークなのか?
あと表示されている画像がただの GIF ファイルで、それだけでは貼られているサイトと RIAJ との関係を何も保障しないというギャグはさらりと流しておこう。
http://hexe.tumblr.com/post/26779861
ここでもまた、商標の機能だけでは限界があるし適法ダウンロードの識別という点から言えば不十分だということが繰り返されていることに気が付くだろう。
商標権で実施するであろうことは想定の範囲内なのですが、これだとサイトの正当性は担保できたとしても、そこで配信する楽曲のファイル一つ一つが合法なものであるかを実証するための方法が結局のところ無い点を気にしています(或いはあくまでサイトの正当性のみを認めるためのマークという割り切った考えで実施されているのかもしれませんが)。
つまり、店舗(サイト)が合法なことはこのマークで権威付けができるけど、そこで売っている品物(楽曲等)が合法かについてはこのマークは何ら保証してはくれないのではないか、と。
http://pdl2h.tumblr.com/post/26722449
pdl2hさんの指摘も品質保証機能に関わるものだと思う。
いろんなブランドで偽装問題が指摘されていることからもわかるように、商標は基本的には出所識別機能を通じて品質保証機能を保護しているのであり、そこで保証される「品質」というのは結局のところ、需要者の「期待」に留まる。実際の品質を保証しているわけではない*2。それは、前回購入したときの良し悪しとか、まわりの評判といったものに近くて、品質の実証性は乏しいと言える。
これは、商標に限って言えば別に悪いことでもなんでもない。仮に、あるブランドがグローバル化の波に押されて生産工場をアメリカから中国へ移したとする。その結果、品質に違いが生じたとして、それで商標が剥奪されるなんてことはない。あるいは、現地の法人にライセンスを与えることで、各国の商品の品質が異なるものになったとしても、それぞれに同じ商標を付けて構わない。
だからこそ、商標だけで利用者が迷うことなく当該音楽配信サイトが適法かを識別できると言い切ってしまうのには無理がある。「そこで配信する楽曲のファイル一つ一つが合法なものであるかを実証するための方法が結局のところ無い」のではないか、との疑義が呈せられるのも自然なことと言える。
下記の小倉先生の主張も、根ざすところは同じだと思う。
それと、(違法にアップロードされた音楽ファイルを私的使用目的でダウンロードする行為が違法化された暁には)ネット上にアップロードされているファイルをダウンロードするかどうかを考える際には、当該音楽ファイルにかかる楽曲について、誰が著作権を有し、誰が著作隣接権を有しているのか、そして、それら全ての権利者から許諾を得てアップロードされているのか否かを責任を持って表示してくれないと困るのであって、「このサイトにアップロードされているものについては、レコード協会傘下のレコード会社から許諾を得ているはずです」ということを表示してもらってもさほど意味はありません。せいぜい、日本のヒットチャートを賑わせているような国内メジャーレーベルの作品については、エルマークが付いていないサイトからのダウンロードは危ないかもしれないというくらいの話です(しかし、iTunes Storeを取り込めていない時点で、それすら怪しいですが。)。
http://benli.cocolog-nifty.com/benli/2008/02/post_f33b.html
少しまじめに書くと、「適法マーク」については(以前提出したパブコメでも書いたけど)本来の意図や運用の実態を離れてマーク自体がブランドイメージ化してしまうのが問題なんだよね。これはエコマークでもプライバシーマークでも同じ。
耳に新しいところでは古紙偽装の問題がある。運用実態を離れてマークのみが一人歩きし、実態が暴露された段階で「古紙」全体のブランドイメージが崩れてしまった。今回のエルマークでも同じことが起きる可能性はある。それを防ぐには基準の明確化と運用の透明化を進めて信用を得ていくしかない。
http://hexe.tumblr.com/post/26779861
hexeさんの指摘は、具体の商品の価値を超えた財産的価値が生じているから、宣伝広告機能が生じた際の問題だと思う。
仮に、このエルマークが皆の信頼を得られたとして、どこかのエルマーク付与サイトが違法コンテンツを配信してしまったりしたら、その商標に蓄積された信頼という価値は、たとえ当該サイトについて商標の使用を差し止めたとしても、マークの認定を受ける全ての事業者に影響することは必定だと思う。
もちろん、これは「エコマーク」とか「特定医療用食品」とかにも当てはまる問題であるから、商標独自の問題ではないと言える。
ということで、まとめると、エルマークは「ダウンロード適法」というにはあまりに機能が少ない。商標それ自体では「利用者が迷うことなく当該音楽配信サイトが適法かを識別できる」ことを担保することはできないということになる。そして、エルマークに宣伝広告機能が蓄積することを期待しているとしたら、結構費用対効果の悪い戦略じゃないか?
以上のことは商標という手段と、適法配信サイトの識別という目的が不一致であるということを意味している。
だからと言って、「じゃあDRM付ければ良いのか?」と聞かれたらそうじゃないんだよな、と個人的に思う。やっぱり(各レコード会社との契約を明示するということ以上の意味を持たせるという文脈での)適法サイトと違法サイトの峻別と言うのは筋が悪いから、啓蒙活動と違法なアップローダーへのエンフォースメントが適切なんじゃないかと思います。
*1:登録商標の検索は特許電子図書館からできるようになっている。http://www.ipdl.inpit.go.jp/homepg.ipdl
*2:この点に注目して、商標における品質保証機能は限定的で弱いものであるとする立場もある