コンテンツ流通のための「二階建て制度」についてのまとめ

Abstract
昨今様々な組織・団体から提案されている著作権法における特別法、いわゆる「二階建て制度」に関して、やや批判的な視点から考察してみました。二階建て制度には3つの特徴があり、多くの場合同じような内容を提案しています。ただし提唱している主体によって理念的な相違があったりなかったり。でも、総じて大変期待できる制度案だと言えると思います。そして、この制度を実現すべく必要なことを、批判的な考察を踏まえて明らかにしました。それが一元化されたデータベース窓口です。

二階建て制度の経緯と詳細

二階建て制度の原案は、経済産業省メディアコンテンツ課(当時)の境さんによる上乗せ型著作権制度案をもとに、真紀奈17歳さんが作成しました*1。それ以前にも特別法を求める動きはありましたが、現在提案されているような二階建て制度の特徴を備えたものはこれが初めてだと思います。
その後、2006年6月30日の日経新聞朝刊「経済教室」や、同年7月2日の日経新聞朝刊「試される司法」などで類似の制度が紹介され、知的財産推進計画2006においても「デジタル化・ネットワーク化時代に対応した国際的な枠組みを含めた法制度の検討を行い、コンテンツ流通の促進やクリエーターへの還元を進め、創作活動の活性化を図る」 と記載されました*2
さらに経済財政諮問会議知的財産戦略本部でも同様の議論がなされましたし、2007年3月19日に開催された文化審議会著作権分科会法制問題小委員会の会合で提言されたデジタルコンテンツ特別法も二階建て制度の一種と言えるでしょう*3


こうした様々な組織が提案する特別法には、3つの共通点があります。
第一に、特別法の保護下におかれる著作物と著作権法の保護下におかれる著作物という区分を設けること、第二に登録制度を設け、登録済みの著作物のみが特別法の保護下におかれること、そして第三に特別法の保護を受ける著作物の公正利用(フェアユース)を認めるが、不正な利用に対しては厳しい対処をすることです。


それぞれを詳しく見ていきましょう。
第一の特別法の保護下におかれる著作物と著作権法の保護下におかれる著作物という区分を設けるということについてですが、まず区分は財産的価値のある商用の著作物とそれ以外の著作物という区分にするという提案、デジタルな著作物とそうでない著作物という区分にするという提案、あるいは両者を合わせた区分にする提案などがあり、提案者によって違いが生じています。しかし、現在の著作権法の限界を見据えた上で、流通促進を図るための法整備として特別法を制定しようとしている点は共通であると考えられます。
第二の登録制度を設け、登録済みの著作物のみが特別法の保護下におかれることに関しては、権利期間を設けて更新を行うようにし、登録及び更新には小額の費用を必要とするけれど、更新を続ける限りにおいて権利が守られるということが共通して提案されています。
登録と同時に商用に適合的な新しい権利が発生し、同時に、著作権法の保護下から外れるということが見受けられるのです。そして登録の更新により権利を半永久的に延長できます。
しかし、登録保護期間が切れた後の扱いについては、記載がない場合と著作権が消滅してパブリックドメインになったと見做す場合とがあります。後者については、登録後更新されなかった著作物については商業的採算が合わなくなったものなので、使用と利用を行いやすいようにパブリックドメインにして文化還元をするべきとの考えが背景にあるのでしょう。


第三に、特別法の保護を受ける著作物のフェアユースを認めるけれど、不正な利用に対しては厳しい対処をすることについて。この件は、抽象的にはどの提案も一致しているものの、具体的内容には幅があります。まず前者のフェアユースについてですが、一定の要件の下でフェアユースとして認めるべきとしている点は一致しています。しかしその要件に関してはまだ検討されていないようです。
一番有力かつ具体的な提案は、ベルヌ条約で権利の制限を行っても良いかどうかを判断する際に利用されている3-step-testに依拠した要件でしょう。すなわち、著作物、実演またはレコードの通常の利用を妨げないこと、権利者の利益を不当に害しないこと、特別な事情が考慮される場合の三点です。現在列挙され規定されている「著作権の効力が及ばない著作物の利用行為」 はフェアユース法理を全般的に認めたものではありませんが、特別法下では限定を設けない抽象的な規定を導入しようというのです。それとは別に、供託に付せば著作物を使用できるようにするという提案もあります。登録済みの著作物は一定の対価を支払うことで著作権者の許諾を経ずに利用できるのです。
さて、不正利用に対する処遇についてですが、まず著作権法下では親告罪であるが、特別法下においては非親告罪にするという提案があります。二次利用については判断が難しいため、非親告罪化しないという条件がつくものもあります。また、利用当初から3-step-testを満たしていない利用の場合、逸失利益を超えた賠償を得られるという提案もされています。

二階建て制度の理念

なぜ今、二階建て制度やそれに類する制度が多方面から提案されているのでしょうか。
二階建て制度が提案されている背景には、前述した通り、現行著作権法への限界という視座があると考えられます。著作権法は、出版物やレコード等を媒体の前提としているため、情報通信技術の発達した現状に沿わなくなってきていると言えるのです。


こうした現状認識からは二つの要望が生じます。
第一に、拡大の一途をたどるコンテンツ産業において煩雑な権利処理を簡便化して流通の促進を図りたい、できれば権利を拡大したいとする要望。第二に、保護強化された著作権制度を窮屈に感じ、もっと自由に使用したり二次創作等の利用をしたりしたいという要望です。
よって、二階建て制度はこの両者双方から、それぞれの思惑をもとに提言されていて、実のところ表象は同じであっても理念的な相違があることは否めません。
後者の要望に関しては、スタンフォード大学教授のローレンス・レッシグの議論が最も要を得ているので、以下に引用してみましょう*4

The core idea that we, as a culture, must recapture is that control over content is not be perfect. Ideas and expression must to some degree be free. That was the aim of copyright law initially --- the balance between control and freedom. … Technology, tied to law, now promises almost perfect control over content and its distribution. And it is this perfect control that threatens to undermine the potential for innovation that the Internet promises. … Our aim should be a system of sufficient control to give artists enough incentive to produce, while leaving free as much as we can for others to build upon and create.

つまり技術の進歩によってコンテンツの完全なコントロールが実現しつつあることが窮屈さを顕在化させているということです。レッシグの議論によれば、現実の空間ではコントロールは不完全であり、それは意図的なものもそうでないものもある。その不完全さに価値があるならば、法律で規制してでもその不完全性を確保しなくてはならないと主張しています。


しかしながらこのような理念は、二階建て制度を主唱するなかでは少数派なのです。ほとんどの場合は、煩雑な権利処理を簡便化して流通の促進を図りたいという要望から二階建て制度を提案しています。それは提案をしている団体の構成からも言えるのですが、例えば、先に挙げた文化審議会著作権分科会法制問題小委員会のデジタルコンテンツ特別法においては、フェアユースに関する記述はあるものの、更新されなかった著作物の扱いについては言及されていません。
おそらくは著作権法において保護しようと考えているのでしょうが、そうなると自由尊重派からの理解はなかなか得られないと思います。彼らはこの制度改正を通じて、いわゆるミッキーマウス保護法を生むような、一部の権利者の都合で制度全体が変えられてしまうような状況を招かないように手を打ってきているのですから。
しかし、やはり両者はともに著作権法の限界を感じているという点では共通しています。特別法の制定が求められているのは、ベルヌ条約著作権法の改正を待っていたら人生が終わってしまうという意識があるからに他ならないでしょう。よって、議論の進展が速やかであることが期待できますし、著作者と使用者、利用者にとってバランスの良い制度が提言されていくことも期待できるでしょう。

二階建て制度への批判とその考察

二階建て制度は期待されていることもあって、いくつか批判も受けています。
まずよく指摘されるのが、二階建て制度はベルヌ条約違反ではないかという点です。登録制度を採用するとなると、無方式主義に反してしまうことになりそうです。また、更新による権利保護期間の延長もまた、ベルヌ条約の第7条(1)に抵触するおそれがあるとの指摘もあります。
でも、この件に関しては容易に反証できます。二階建て制度が登録を要するとしても、全著作物に強制される規定ではなく、あくまで著作権者が自発的にこの制度を選択するのですから、個別契約を擬制する等の処置で十分対応可能で、ベルヌ条約云々はあまり関係がありません。
二階建て制度の二階建てなる所以は、現行の著作権法に基づく諸権利で不満のない権利者はそのまま一階部分にいて良いという点にあるのです。著作物の利用を許諾して、一部の権利を放棄する契約と同じように、二階に行くか行かないかは著作権者の任意なのです。そもそもベルヌ条約の規定変更に時間かかりそうだけど、早急な対処が必要との判断が根底にあるのですから、ここで上記問題点を指摘すること自体にあまり意味がないと言えるでしょう。


契約の擬制とすると言うと、ならば契約で行えば良いという意見が出てくるかもしれません。たとえばクリエイティブコモンズ・ライセンスやGPLなどは権利の一部放棄のフォーマットを提供しています。それと類似した形でフォーマットを作成すれば二階建て制度と同様の効果を期待できるのではないかという意見はありうるでしょう。
でも、そのような仕組みをフォーマットの提供のみにとどめずに制度化することにより、窓口を一元化できるという利点が発生します。詳しくは後述しますが、ある著作権がだれに属しどの団体に管理されているかが、統一的なデータベースで把握できるようになるのです。
利用者にとってみれば公示性が向上するのですから、誰と権利交渉すれば良いかを調査するコストが格段に下がることになります。また、前述した自由尊重派から見れば、二階建て制度によって一階部分である著作権法の緩和も狙っているとも言えるでしょう。


次に、不実な登録による行政訴訟に堪えられないから現実的ではないとの意見もあるそうです。しかし無方式主義で権利が発生するのは、民法上の所有権も同じであり、そのアナロジーから言うと不動産登記制度もあり得ないとされてしまいます。
もちろん、同じ無方式主義といっても所有権と著作権では全く違った根拠に基づいていますし、所有権が自然権的側面を強く有するのに対して、著作権はもともと営業独占勅許や出版統制として出発したのですから、単純に比較することはできません。
しかし不動産おいて登記官に実質的審査権ではなく形式的審査権のみを認めている点からしても、登記と権利主体が一致しない可能性があったとしても、紛争解決などを通じて事実関係を明らかにすれば良いという政策的判断は十分妥当性を有すると言えるでしょう。
それから、登録のメリットが非親告罪化だけでは登録や更新のためのコストに見合わないので、二階建て制度を利用するものは少ないのではないか、という指摘もあります。
しかしながら、無許諾利用の監視はそれなりに負担であると考えられ、その負担が軽くなるというのはインセンティブになりうるでしょう。それに更新によって半永久的に権利保護期間を延長できるというメリットは、ミッキーマウス保護法などと揶揄される米国のデジタルミレニアム保護法を鑑みても、著作権者にとって十分すぎるほど大きいメリットだと言えます。
その場合、更新できなくなった著作物がパブリックドメインになってしまうことがリスクとして捉えられてしまうかもしれませんが、しかし既に述べたように、登録後更新されなかった著作物は商業的採算が合わなくなったものですから、商用目的の著作物において、何ら危惧することはないと言えます。
また、著作権保護期間延長を唱える人々に対して、保護期間の延長は流通を阻害するので社会全体のデメリットが多くなってしまうという反論がなされることが多いですが、二階建て制度によって両者の要望を叶えることが可能になるでしょう。

二階建て制度に必要なもの

以上の考察を通じて二階建て制度が大変期待できる制度で、かつ実現可能性をもったものであることを述べてきましたが、最後に、この特別法に必要なものを考えたいと思います。
二階建て制度は、著作権者への利益還元と創造性の発展の両方に寄与できる仕組みであることが要請されます。それこそ著作権法の目的である第1条に「文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与すること」と書かれているように自明なことではあるのですが、しかし具体案に落とし込むとなると難しい…。
でも必要不可欠なものも見えてきたと思います。それは、データベース管理事業です。


先述したように、著作物の登録窓口の一元化が可能であり必要ということです。統一的なデータベースで把握していれば利用者の利便性は向上します。
例えば、利用者がある著作物に関して権利交渉がしたいときは、まずデータベースにあたり、著作権者と、委託されていれば著作権管理団体窓口を把握できるようにしておく。このとき仮に、供託に付せば著作物を使用できるようにする、つまり窓口に料金を払っておけばフェアユースである限り、著作権者は利用拒否ができないとの規定を設ければ、さらに自由度と流通量は多くなるでしょう。もちろん公正利用でない場合は、逸失利益を超えた賠償を支払わなければならなりません。
こうすることで、新しい創作を阻害することなく、違法なコピーを取り締まることができるようになります。非親告罪化すればもっと効率的でしょうが、それには表現の自由を侵害するリスクを伴います。
著作権者にとっても、利用の度に料金を支払ってもらえるし、利用者が利益をあげれば原著作者にもフィードバックされるようにもできるのだから、利は小さくないでしょう。


さて、応諾する場所は一つと限定しても著作権管理のサービスや運用をする窓口は複数あった方が良いと思います。つまり現在は混同されがちな著作権管理窓口業務とデータベース業務を分離することを意味しています。
著作権者は、著作権管理団体に委託しても良いし、自分で応諾を決めたかったらそうしても良い。権利者情報のみの管理の場合は、データベース管理窓口は相手の連絡先を教えるだけになり、著作者当人が交渉に当たります。
一方で、著作権管理窓口が利用応諾交渉を肩代わりするように委託されている場合は、その管理団体が交渉に当たります。
ここで窓口業務と言っているのは、あるコンテンツを作成する際に、権利のクリアを行うであるとか、利用のための手続きを代行してくれたりする業務のことです。そのための交渉力は高いが料金が高いであるとか、ある業界についてはある特定の団体の交渉力が高い等々、多様性はあって良いでしょうし、分野や目的毎に複数存在することがありえるでしょう。


ある著作権がどの団体で管理されているのか統一的なデータベースで把握することで利用者の利便性を向上させつつ、著作権管理団体におけるサービスの多様化を図ることで著作権者の細かな需要に応えようということです。
二階建て制度の詳細な規定に関しては、理念的な立場の違いから論争になることも考えられますが、データベース窓口はどちらにせよ必要になると考えられます。

*1:IT@RIETI「著作物の利用を促進するための制度の形とは」 http://www.rieti.go.jp/it/column/column040114.html

*2:p.102 http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/kettei/060609keikaku.pdf 知財戦略に関するパブリックコメントにおいて複数の個人および団体から、著作権法と別種の制度を設けるべきとの提案が提出されていたことから、二階建て制度を強く意識した記述と考えられる

*3:http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/010/07030910/002.htm

*4:Lessig,Lawrence., The Future of Ideas,(2002),p.249,Vintage