国籍法改正について語るための基礎知識(2):裁判官たちは何を争い、何を国会に託したのか

前回は国籍法改正の前提となった国籍法3条1項違憲判決について図解した。まだ読んでいない(そして読む気がおきない)人のために少しまとめておこう。
国籍法は基本的に、子が出生したとき父または母が日本国民なら子も日本国民にするという「父母両系血統主義」を採用している(国籍法2条1号)。したがって、日本国民である母が産めば、父が外国人であっても、出生時点で子は日本国籍を取得できる。
でも、父が日本国民である場合はちょっと複雑になる。両親が結婚していて嫡出子であるときや、胎児のうちに認知されていれば、(たとえ遺伝上の事実とは異なっていても)法律上の親子関係が生じているから、子の出生時に父が日本国民であると言え、子は日本国籍が取得できる。
生後に認知された場合でも、両親が婚姻関係を結べば(これを準正という)、国籍法3条1項の規定によって日本国民として認められる。しかし、生後認知されたのみでは日本国籍が取得できないから問題になった。
このことをまとめたのが下図である。



ここでのポイントは、国籍法3条1項が実際上、準正子のみに日本国籍を認め、生後認知されたけれど両親は結婚していない子は対象外にしている点である。

以上のまとめでぴんとこなかったら、違憲判決の図解を参照して頂きたい。

裁判官の間でも見解が分かれる事案

では本題に入ろう。この裁判では、主として2つの争点があった。

  1. 国籍法3条1項は、憲法14条の平等原則に反するか?
  2. 国籍法3条1項が違憲であるとしても、裁判所が原告の国籍を確認してしまって良いのか?三権分立からするとまずいのではないか?

最高裁判所には最高裁判所長官を含む15名の裁判官がいて、違憲のおそれがあると考えたときは15名総出で事件にあたるのだが*1、まず第一の争点で違憲派と合憲派で割れ、さらに第二の争点でも意見が分かれた。つまり、最高裁も一枚岩で違憲という見解を示したわけではないのである。
今回は第一の争点だけに絞って話を進めていきたいと思ので、そこだけ取り上げて結論だけ先に言うと

  1. 国籍法3条1項は憲法14条違反である … 12名
  2. 国籍法3条1項は憲法14条に反しない …  3名

だった。
法廷の多数派の意見が上記のようだったので違憲となったわけだが、もちろん少数意見にも頷けるところが多い。しかも、同じ違憲という判断であっても、裁判官によっては微妙に理由付けが違っていたりして、補足意見も出たりしている。
賛成意見・反対意見はそれぞれどのようなものだったのだろうか、そして互いにどのような批判をしていたのだろうか。

最高裁の多数派は、なんで違憲にしたの?

まず、メインである法廷意見から説明していこう。
法廷意見では、国籍のハードルをどれくらいのものにすべきかは立法府(国会)の裁量だが、合理的な理由なく差別すれば憲法14条1項違反だとして、

  • 「区別」をすることが正当かどうか
  • 国籍法3条1項の立法目的とその「区別」の関係が合理的であるのかどうか

この両方を満たさなければ違憲だとしている*2


ここでいう「区別」というのは、生後認知された準正子と生後認知のみされた非嫡出子の間にある「区別」である。そして、

  • 準正子は「父との生活の一体化が生じ、家族生活を通じた我が国社会との密接な結び付きが生ずる」だろう
  • 諸外国も同様の立法をしていた*3

から「父母の婚姻により嫡出子たる身分を取得」するという準正要件を設けたことは合理的だったと述べている。ここで重要なのは、血統主義の補完として「日本との密接な結び付き」という判断基準が提示されている点である。
したがって、国籍法3条1項は

日本国民との法律上の親子関係の存在に加え我が国との密接な結び付きの指標となる一定の要件を設けて、これらを満たす場合に限り、出生後における日本国籍の取得を認めることとしたもの

だから、その目的を達成するために準正要件を設けたのは合理的な根拠があったとした。つまり、法廷意見も目的の正当性と、目的と手段の合理的関連性を一度は認めているのである。


しかし法廷意見は、家族生活や親子関係の実態が変化・多様化しているし、国際交流の多様化しているから

その子と我が国との結び付きの強弱を両親が法律上の婚姻をしているか否かをもって直ちに測ることはできない

と続けている。さらに、諸外国でも法改正が行われているとか国際人権条約子どもの権利条約でも差別が禁止されていることなどを指摘して

前記の立法目的との間に合理的関連性を見いだすことがもはや難しくなっている

ため、現在では差別になっているとの見解を示した。父母の婚姻というのは、子にはどうすることもできないことだから、そのような要件をもって日本国籍という基本的な法的地位が奪われることは看過できないということも触れられている。

では反対意見はどんなものだったの?

それに対して、反対意見では法廷意見が述べるような家族生活や親子関係の実態が変化・多様化が本当に起きているのか、を問うている。

非嫡出子の出生数
昭和60年 14,168(1.0%)
平成15年 21,634(1.9%)
父が日本国民・母が外国人とする子の出生数
昭和62年 5538
平成15年 12,690

このような統計を提示した上で、国民一般の意識に大きな変化がないと見ることもできるのではないかと言うのである。また、安易に諸外国の動向を合憲性の考慮事情とすべきでないと批判している。


それらに加えて、非準正子には簡易帰化(国籍法8条1号)により国籍を取得することもできると述べている。これについて多数意見である法廷意見は、帰化法務大臣の裁量行為だから、準正子と非準正子の間の「区別」は存在していると反論している。


反対意見は仮装認知(偽装認知)のおそれについても言及しており、「日本との密接な結び付き」がないような場合でも国籍取得を認めることになるのではないかと危惧している。仮装認知について法廷意見は、そのようなおそれがあるにせよ、準正要件と仮装認知防止との間において合理的関連性があるものとは言えないと反論している。
この問題について近藤補足意見では、防止策として準正要件を設けることに合理性があるとは言えないとしつつ、

例えば、仮装認知を防止するために、父として子を認知しようとする者とその子との間に生物学上の父子関係が存することが科学的に証明されることを国籍取得の要件として付加することは、これも政策上の当否の面とは別として、将来に向けての選択肢になり得ないものではないであろう。
このように、本判決の後に、立法府が立法政策上の裁量を行使して、憲法に適合する範囲内で国籍法を改正し、準正要件に代わる新たな要件を設けることはあり得るところである

と述べている。

裁判所は何ができて、何ができないのか

以上のように、裁判官同士の意見の対立の一部をおおまかにではあるが、確認してきた。今回の国籍法改正に反対するにせよ賛成するにせよ、最高裁の見解はとても参考になると思う。

しかし注意していただきたいのは、近藤補足意見にも見られるように、これはあくまで裁判所の議論であるということだ。「国籍法3条1項が違憲であるとしても、裁判所が原告の国籍を確認してしまって良いのか?三権分立からするとまずいのではないか?」という第二の争点とも関わるが、裁判所は、あくまで法律を解釈し適用し個別の法的紛争を解決するための機関である。
したがって、新しい政策を打ち出すということはできない(せいぜいが可能性に言及するくらいのものである)。立法論は国会でやらなくてはならない仕事なのである。そしてこれは選挙権を有する国民の仕事でもあるだろう。


というわけで、国籍法改正について理解の一助となってくれれば幸いであるし、あなたが何か良い政策を考え出したのであれば僥倖である。



【追記】
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*1:これを大法廷と呼ぶ http://www.courts.go.jp/about/sihonomado/houtei62.html

*2:立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても、なおそのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合、又はその具体的な区別と上記の立法目的との間に合理的関連性が認められない場合には、当該区別は、合理的な理由のない差別として、同項に違反する」

*3:届出による準正子の国籍取得が認められた昭和59年国籍法改正当時、父母両系血統主義を採用する他国では、準正の場合に限って国籍取得を認めるケースが多かった