電子投票システム入門

最近興味がわいて勉強会にも参加しているのが、電子投票システムです。来年の参議院選挙には電子投票が採用されるかも、ということを聞いています。

構想:電子投票制度の3段階

まずは電子投票システムの構想を見ていきましょう。総務省「電子機器利用による選挙システム研究会」の報告によると、投票をする人の投票の仕方で3段階に分けられるとしています*1。すなわち電子投票には3つの段階があるとされていて、

  1. 投票者は投票所に出向き、電子的に投票する。ネットワークは使用しない。選挙人が指定された投票所において電子投票機をもちいて投票する段階。
  2. 投票者は投票所へ出向き、電子的に投票する。投票所間や投票所−選挙管理センタ間等はネットワークで結ぶ。指定された投票所以外の投票所においても投票できる段階。
  3. 投票者は任意の端末から投票する。全てはネットワーク化されている。投票所での投票を義務付けず、個人の所有するコンピュータ端末を用いて投票する段階。

があげられています。
私は第3段階をさらに展開させるべきだと考えていて、任意の端末の範囲を広げた方が良いと思っています。第3段階は端末すなわち携帯電話やPCなど個人の所有する端末から投票することです。それに加えて第4段階としてATM、TV、駅のきっぷ販売機等あるいは電話やメールなど様々な媒体からでも投票できることも想定して良いと思っています*2

日本の現状:技術というより政治の問題?

以上のような構想がある電子投票システムですが、現在、地方自治体で実施されている電子投票も来年の参議院選挙における投票もまだ第1段階です*3
実は、日本は世界的に見ても結構早期に地方自治体レベルで実験的に電子投票を導入していたのですが、20年ほど足踏みが続いている状態です。これは、ありがちな展開ではありますが、技術面というより政治的問題の方が大きいと考えれます*4


まず指摘してしかるべきなのは、議員の保守性です。
「自書式は日本の文化」*5「墨痕鮮やかに自書していただかないと魂がこもらない」等の発言をする議員さんたちは、まだまだ現役でいらっしゃいます。自書式だと家名でも有効票となり、世襲議員さんに有利ということも関係しているかもしれません。ちなみに選挙に強いとされている議員さんは電子投票に賛成する場合が多いようです。
政党を問わず、保守性によって電子投票を受け入れない場合が多いということですが、このことに関して私は楽観的です。なぜなら、保守層を担う高齢者層が相対的に増加するため、何らかの投票しやすいシステムを作った方が保守政党に有利だからです。手が震えて自書が難しくなれば、自書式を堅持したいと主張なさる議員さんも考えを改めるでしょう*6。また昨今は2ちゃんねるの「右傾化」や若者たちの「保守化」がまことしやかに囁かれていますから、投票率が高い方が保守政党にとって有利に働くと議員さんたちは考えるかもしれないからでもあります。


第二の問題は、導入初期における電子投票の失敗です。
これには先進的で実験的であったためということもありますが、根本原因のひとつには機械屋的発想があったと言われています。サーバクライアント型は効率的でしたが失敗が連続したのは、専門家でない選挙係員には設営・運用の負担が重かったということがあります。よって現在ではスタンドアローン方式が採用されているそうです。
このほかにベンダつまり供給業者の製造者責任が問われにくく倫理観にたよるしかないという点も指摘できるでしょう*7。異議申し立てや故障・障害発生の際に検査や罰則規定がないというのが現状なので、なんらかの行政規定をおくことが対策になると思います。
少し逸れますが、政府が電子投票に予算を割かず自治体の負担が重いということも問題でしょう。韓国と米国では100%国費だそうです。


最後に、投票者の不安感や猜疑心の問題。これが結構厄介です。
電子決済や認証システムなどで信頼や安心の担保としてよく用いられるのが検証可能性やトレーサビリティだったりするのですが、投票の場合、それだと投票の秘密が確保されません。
もちろん紙程度の安心が担保できれば良いはずなのですが、それだけでは感覚的な拒絶反応に負けてしまうかもしれません。例えば、制度的には全く許されていないにも関わらず、紙だと筆跡から投票者を特定できるから改竄される心配が少ないという「感覚」がなんとなくあります。対して電子投票では投票データをランダムに記録されるため、投票者の特定は絶対不可能と説明されます。電子データによる集計に疑義のある場合には、監査証跡(操作ログ等)によって事後検証することができる、と説明されても、なんだかよく実感できないというのが、一般的な感想かもしれません。紙だって、一度投票箱のなかに入ってしまえば取り戻せませんから、特殊なインクによって投票後白票にされてしまっているかもしれないのに、です。
これは何か技術的に解決できるものなのでしょうか。そしてそれを「普通」の人に納得させられるのでしょうか。こうした不安感をほっとくというのはなかなかできそうにないので、これは今後の課題です。


電子投票はこのように、技術、管理運営、法制度、情報リテラシーなど様々な分野を総合的に考える必要があります。
興味があるのは主として第3段階から第4段階なのですが、第1段階のままだとバリアフリィという意味でのアクセサビリティの拡大にのみ効果があるといった感じです。もちろんそれだけでもとても重要で大切なのですが、もっと根本から政治が変わっていくためには、衆愚政治に堕すという危険を冒してでも投票率を上げる必要があるのではないでしょうか。

*1:そして総務省は、当面地方選挙で第一段階での導入をすべきとの見解を示してます。

*2:しかしもちろん、インターネット投票には根本的な問題があります。公的な選挙はあくまで、衆人環視のもとでの秘密投票でなくてはならない、という反論がありうるでしょう。投票者が自由意志によって投票したのかわからないからです。すなわち買収や脅迫の温床になるかもしれないという危惧があります。

*3:現在採用されている投票の方式は、1.従来どおり、投票所入場券(葉書)を持って投票所に行き、受付で本人確認を受ける。本人確認が済んだら、電子投票カードを渡される。2.電子投票カードを電子投票機に挿入し、タッチパネル画面を押して投票。3.投票が終了すると電子投票カードが排出され、投票所から退出するときに返却、というもの。 視覚障害者には別途ヘッドホンによる音声ガイドと特別のボタンが用意されているそうです。

*4:プライバシーを保護しつつ、二重投票等の不正を防止する方式はかなりの深度で研究されています。

*5:国政選挙で自書式を採用しているのは、世界的にみても稀。

*6:現在の制度でも立会いのもと代筆が可能ですが、それでは投票の秘密が守られませんし、心理的なコストが増して投票する気が削がれる可能性が高まります

*7:入札式の弊害というか…安けりゃ良いってものではないという話です。