いちからはじめる特許法―webで読める資料中心の予習
今週のゼミのケース課題は特許法と薬事法関連。特許法は未習なので、皆についていくためにちょっと調べてみました。以下は予習のまとめです。
特許法の目的
特許法の目的は「発明の奨励」です(同法1条)。一定期間独占権を付与することにより特許発明を保護し、また一定期間経過後はその発明を公開することで、更なる発明をしてもらって社会全体で知的創造サイクルを促進して「産業の発達に寄与」しようという趣旨があります。
参照リンク:
- 特許法の条文
- Wikipediaにおける特許法の項目
- 実務家による簡易な解説(「発明」と「発見」は違うという話も載ってます)
制度趣旨による効力の制限
上記趣旨に基づき、権利が制限される場合があります。特許法69条では特許権の効力が及ばない範囲が規定されていて、「特許権の効力は、試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない」と明記されています*1。
ここで問題となるのが、この規定における「試験又は研究」がどんな内容を指しているのかということです。試験や研究と名付ければ何でもやって良いというものではないというのは明らかでしょう。例えば「商品販売のための市場調査目的の試験的実施」すなわちマーケット・リサーチを名目として大規模に行われるのを許容すると、特許権が実質的に保護されていないことになってしまうからです*2。
試験・研究において特許権の効力が及ぶと判示された事例については、東京地裁昭和60年3月25日判決が参考になります。
農薬を製造販売するためには、農薬取締法2条に基いて登録申請が必要で、安全性や有効性の確認のために多くの試験データを資料として添付しなくてはいけないそうです。この事案では、申請に必要な適正試験が特許法69条にあたるかどうかが争われました。東京地裁は、被告がすでに外国において問題となった除草剤の適正試験や販売を始めていて、十分に資料を収集していたことを指摘して、
特許法六九条は「特許権の効力は試験又は研究のためにする特許発明の実施には、及ばない。」と規定しているが、右規定の立法趣旨は、試験又は研究は本来技術を次の段階に進歩せしめることを目的としたものであつて、特許に係る物の生産、譲渡等を目的としたものではないから、特許権の効力をこのような試験、研究にまで及ぼしめることは、かえつて技術の進歩を阻害するということであり、同条の右立法趣旨からすれば、本件のような農薬の販売に必要な農薬登録を得るための試験は、技術の進歩を目的とするものではなく、専ら被告除草剤の販売を目的とするものであるから、特許法六九条にいう「試験又は研究」には当たらないというべきである。
したがつて、被告らが、前記のとおり右試験のために被告除草剤を輸入し、使用することは本件特許権を侵害するものである。
と結論付けました。つまり適用の対象を技術の発達を目的とした調査・研究としたのです。
参照リンク:
- 東京地裁昭和60年3月25日判決全文(PDF)
目的による限定と対象による限定
しかし、制度趣旨に照らせば、技術の進歩を助ける調査・研究のみに限定されるべきではありません。この判例を受けて、学説において次のような要件が提示されました。目的が(a)特許性調査(b)機能調査(c)改良・発展、いずれかを目的とする試験であることです*3。(a)は本当に新規性や技術的進歩があるのかどうかを調査する目的で、(b)は効果を調査するもので改良や発展を助けるものだと言えそうです。(c)は判示された要件ですが、これには既存の特許発明を迂回するための試験・研究も含まれるとされています。逆に、特許権の効力が及ぶ試験・調査は、先に挙げた経済性調査のための試験・研究が該当するとされます。
また、特許発明それ自体を対象とする試験・研究に限定すべきという考えもあり、特許発明をいわば「ツール」として使う試験・研究には特許権の効力が及ぶとされます。染谷啓子先生は
特許発明とは無関係な新技術の開発のため、特許発明が無償で利用されることになれば、特許権の価値が甚だしく損なわれる場合も起こりうる。例えば、特許発明にかかわる精密な分析機器が、無償で利用しうる結果を考えれば、このような限定が不可欠であることは当然であろう。
と述べています*4。しかしながら、そうした限定をするとかえって自由な研究活動を阻害する事例もあるという批判もあります。三好広之氏は、バイオテクノロジーにおけるリサーチツールを例にとって
ところが、これらのリサーチツールは、上流技術であり、実質上代替性がないものであるから、創薬などの研究開発を行う場合は、このリサーチツールを必ず使用することになり、使用する場合には、権利者から高額のロイヤリティーを請求されたり、使用制限のライセンスの締結を強要されたりするということがある。
http://bizplus.nikkei.co.jp/genre/soumu/rensai/senshin_chizai.cfm?i=20060216rb000rb&p=2
と述べています。
参照リンク:
課題
さて、以上のまとめは現在のどのような問題に関連するのでしょうか。近年、特許期限切れの比較的安価な医薬品について臨床試験が合法かどうかを問う争いが起きています。つまり後発医薬品(ジェネリック医薬品)の製造・販売に関わる紛争で議論が起きているのですが、とりあえず参照リンクだけにして詳しい議論はゼミが終わってからすることにします。
参照リンク:
*1:また、憲法29条2項の「学問の自由」も、試験や研究が例外となる根拠となります
*2:法律学講座双書 工業所有権法〈上〉特許法 P.319
*3:染谷啓子「試験・研究における特許発明の実施(1)(2)」 AIPPI(1988) Vol.33 No.3とNo.4。この論文の閲覧につきAIPPIの方にお世話になりました。ありがとうございます
*4:前掲書(1) P.4 なお、同種の限定は1968年フランス特許法29条を源として定められたヨーロッパ共同体特許法31条の規定を参照。これに整合させるかたちで西ドイツ特許法11条2号に「特許発明の対象に関する試験を目的とする行為」という文言がおかれた。論文はこうした事情にも触れている