再来年は1984年になるか?

違法コピーしたコンテンツのダウンロード自体を非合法化しようという動きがあります。

政府の知的財産戦略本部(本部長・安倍首相)は、音楽や映像を違法コピーした「海賊版」をインターネット上からダウンロードすることを全面的に禁止する著作権法改正に着手する。27日に開く知財本部コンテンツ専門調査会に事務局案を提案。罰則も設け、08年通常国会に提出をめざしている改正案に盛り込む。

(中略)

現行の著作権法では、著作権者の承諾なしに複製したコンテンツをネット上に流すことは違法だが、違法コピーをダウンロードしても、個人で利用する限りは著作権の侵害とはならない。このため、ネット上で違法コピーを入手する行為が横行しても、規制するのは極めて困難だ。


asahi.com:ダウンロード、海賊版は禁止 政府、著作権法改正を検討 - 社会*1

また、被害にあった権利者が告訴しなければ立件できないという著作権の規定も改める。権利関係が複雑な商品が増えているうえ、海賊版を作る犯罪組織の報復を恐れて告訴しないケースも多いため。営利目的などの一定要件を満たす場合は、告訴なしでも立件できるようにする


ネットオークション:海賊版も出品禁止 政府、著作権法改正へ−行政:MSN毎日インタラクティブ*2

以下では法体系、システムなどの面から検討したロージナ茶会スカイプでの深夜の会話をまとめてみます*3


まず、本来親告罪だった著作権法の違反を告訴なしでも立件できるようにするというのは、もう原理も原則もなにもない、という段階に突入しています。それに非親告罪化を正当化できるだけの社会法益を認められるとは思えません。
親告罪非親告罪化するための要件が営利性というのは大変筋が悪い、というか目の前の事態に対処するために、法の整合性を無視してでも法律を作るというのはとても前近代的です。おそらく強姦罪の非親告要件(多数による強姦)との類似性から、非親告罪化を正当化しようとしているのでしょうが、そもそも社会法益でもある強姦罪と個人法益である著作権侵害罪とを単純に比較できるとは思えません。


著作物は、ダイレクトに言論に関わるだけに、危険な法制になりかねません。著作権侵害を表向きに、言論統制なんて最悪なシナリオも考えなければならないということです。法が体系と合理性を失ったとき、むき出しの権力の道具になるということを念頭に置かなくてはいけません。法律家が苦言を呈してくれないでしょうか…*4


このままだと統制だけではなくて、推薦活動も行われるかもしれません。コンテンツ統制の歴史は、禁止の後に推薦が来ます。一言で言えば、みんなが痛み分けてつまらないところに妥協する感じです。そして多くの場合、禁止より推薦の方がタチは悪いのです。


政治的な言説は大っぴらに許していただいて、ついでに大規模メディアには国家的なコンテンツ統制して、でも抜け道はしっかりあって、お目こぼしで活動していくというノリの方が気楽で良いのですが、この「お目こぼしゲヘヘ作戦」が有効であるためには、統治する側される側が大人であることが必要です。でも今の傾向見ているとみんなその水準に達していないような…。「法律だから守らないといけないと思います! 」という委員長と「いいじゃん! やっても!」というその他の生徒たちがワーワー騒いでいるようにみえるというか。今までは「法律は守らねばならんな」と目配せしながら冷たく言い放って、「コミケ? 同人誌? それは何だね? 新しいお菓子かな? 」とウインクするような偉い人*5と「俺たちエロ絵描きだからなゲヘヘ」と下卑た笑いを浮かべながら結構高度な風刺を組み入れた作品を描き「リアル少年少女は大事に守らねばな! 俺たちみたいにならないように!」とちゃんと思っている下々の皆さんがセットになって、精妙な民主的摩訶不思議統治が可能になっていました…これが今ではちょっと考えにくいのです。


では海賊版かどうかを判断する方法は具体的にあるのでしょうか?DRMで何とかしたいのかもしれませんが、でもおそらくはシステム面での対応を考えてないのではないかと思われます。
そもそも「真に違法コンテンツ、つまり権限なしでアップロードされたコンテンツなのかどうか」を(本人の主張抜きで)見分ける方法論が存在しなさそうな気がします。全てのデジタルコンテンツには秘密鍵で署名つけ、秘密鍵で署名してないコンテンツをダウンロードした時点で逮捕という手法なども考えられなくはありませんが…。
でも、少なくともダウンロードしてるユーザを特定する必要があります。それを行うシステム、あるいはシステム的に摘発できるようにすることがどんなふうになるのかよく分からないですし、そのシステムは誰がどのような正統性を持って管轄するのでしょうか?通信の秘密とか、色々絡んできそうですけど…。Winnyみたいにプロトコルを限定してるわけでもありませんし。
どちらにせよ、通信内容をつかむ必要があり、それこそプロトコルを読むだけではなくて、そこで流れているコンテンツファイル自体をつかまないと話にならないのです。
それとも通信の秘密なんて、どうでもよくなるのでしょうか。麻薬とか児童ポルノとかあるいはテロとかお題目振りかざせば社会の全員を沈黙させられるのですものね。


当該コンテンツの合法性を明確に認識せずにダウンロードしたら違法コンテンツダウンロードの故意があったと見なすのか、それともコンテンツが違法であることを認識した上でダウンロードしたら違法コンテンツダウンロードの故意があったことになるのでしょうか。もし前者の法運用が行われ、積極的に摘発が行われた場合、最悪の可能性になるように見えます。個人はどうやって真正性を担保すれば良いのでしょうか?*6
それとも私的利用の解釈の変更になるのでしょうか。つまり電子商取引に関する準則の一部改訂ということです。ガイドラインが出るとかその程度の変更で、繰り返しになりますが、システム的に禁止するというのは……考えているとは思えません。
要するにブラフの可能性が高く「違法コンテンツは発見次第タイホするであります!」とか思わせれば勝ち、というくらいのものなのかもしれません。
しかし対象はなんなのでしょう?同人ではないでしょうし、日本だと海賊版屋ってわけでもないし……いまさらかもしれませんがwinnyとか?
それにYouTubeとかは実のところどう思ってるのでしょう。でもYouTubeはどっちかというと政府的に問題視しているのは「ネット中立性」*7の議論の方と考えられます*8
結局、winnyにしろYouTubeにしろ罪悪感がないものを取り締まるのは無理です。先述した「集団レイプを非親告罪に」という話と同じで格が違うのです。
タダじゃなくなったら誰も買わないというのが、なぜわからないのでしょうか。買わない人は買わないから潜在的購買者を失っているというわけではないような気がします。「普通」の感覚では考えられないくらい異様に買う人によって支えられているというのが現状なのではないでしょうか。


さて、個人レベルのコンテンツ流通権限を本気で制限するなら*9、これは良い方法論ではあります。大資本の管轄下になければコンテンツを流通してはならないのであれば、大企業のコンテンツとか伝統と歴史を感じさせる芸術芸能にとって短期的には嬉しい法案になるのかもしれません。市場から供給されるコンテンツだけが許容されるという思惑があると深読みできるということです。
しかしここまで検討を加えた通り、なんともぐだぐだで、とてもそんな冷徹な洗脳政策とかのグランドデザインを持った政策ではなさそうな感じです。これにはある意味別の絶望を感じます。


日本のコンテンツ行政はどういう方向に持っていくつもりなんでしょうか?
かなり迷走しているように思われますが…。このままでは世界屈指のコンテンツ消滅国になってしまいそう。
ポリシーが感じられません。ローテーションをしすぎてわけがわからなくなってしまったのでしょうか。専門家がいなくなってしまうのはとても問題です。二種まで異動するというのは癒着防止という観点からは評価できるのかもしれませんが、まともな仕事ができなくなってしまうのです。


しかも今回の件はまだ序の口で、観測気球にすぎないという見方もあったりして……。具体的な反応がないと、反対はないと見なされてしまいます。ちなみに、具体的な反応に、ネットの反応は含まれません。リアルメディアに乗るように活動するか、報告書という形でそれなりに有名なところが出すなどの反応が必要になります。

*1:強調は引用者による

*2:強調は引用者による

*3:多重人格感に溢れているとの指摘がありましたが、これはロージナ茶会の面々によるチャットのログです。不出来な前書きとまとめで申し訳ありません。

*4:知財本部に電凸してる人はいたみたいですね。コミケ幕張メッセを追い出された過去を覚えている人には、この手の話が政治闘争とセットであることを理解しているのかもしれません…

*5:イメージ映像はダンブルドア校長

*6:もしかして自由利用マークとか安心安全そんな感じ……?しかし公開鍵は使われないでしょうね

*7:といってもここで言う中立性はインフラただ乗り論に近いです。

*8:IPTVとか中立性とか、通信分野の懸案事項が多いのでそっちが先でしょうね

*9:経路を暗号化して逃げれば良いのですが、これにはどれくらいのキャズムがあるのでしょうか