意外と知られていないこと‐しったかぶれる法学用語解説(1)

【法域】
世界には多数の法体系(法秩序)が存在します。
各国は、ひとつの法体系の下で、ある法域を形成するのが通例です。いろいろな法が混在していると混乱してしまいますし、同じ国の中なら慣習なども同じだと考えられるからです。ただしアメリカ合衆国のように、一国内に複数の法域が形成される場合もありますので要注意。


【法系】
多数の法体系には一定の共通した要素があります。これをまとめて種類別にしたものが法系です。
大陸法系と英米法系という言葉を聞いたことがあるかもしれません。この2つは世界の二大法系と呼ばれ、大陸法系はイギリスから見たヨーロッパ大陸を意味していて、civil lawと呼ばれることも多いです。それに対して英米法系は、ゲルマン法に由来するイギリス法が、当時イングランドを通じて単一だったことからcommon lawと呼ばれています。*1


大陸法英米法】
大陸法は、ローマ法の影響を受け、制定法(statute)を第一次的法源としています。それに対して英米法は、ゲルマン法の影響を受け、判例法(common law)を第一次的法源としています。日本は大陸法系です。
制定法を第一次的法源にするというのは・・・まあ平たく言えば、「いま既にある/ちゃんとした手続を通った法律の解釈でやってこうよ!」ということで、これは大陸法(civil law)系の特徴。ちなみに、ここで言う「大陸」っていうのは英国から見たヨーロッパ大陸のことで、ローマ法の影響を受けています。それに対して判例法を法源にしてるのは、ゲルマン法の影響を受けた英米法(common law)系の特徴で、「筋を通せば、それぞれの判例で解決すりゃいーじゃん!」ということになる、のかな?
ここでちょっとしたまとめです。

civil law 大陸法 statute 制定法
common law 英米 common law 判例

では次に両者の歴史的経緯をみてみましょう。
大陸法系諸国において18世紀から19世紀に法定編纂運動(codification)が起こり、法典化が起きました。そのため多かれ少なかれ、それまでの法との間に断続があるのです。
一方、ゲルマン法の一支流であるアングロ・サクソン法を背景として成立した英米*2は、全面的法典化はなされず、過去の法と断絶はなく現在まで綿々と続いています。


英米法】
日本は大陸法系に属していますのである程度はわかると思いますが、英米法は馴染みのない方もいらっしゃると思うので、特に説明を加えます。
英米法の特色として、common lawとequityという二種類の法を、別個の裁判所が運用していたことが挙げられます。equityはすべての法制度における指導的な理念で、equity本来の意味は「正義」「公正」「公平」などです。ところが英国では歴史的偶然の事情で、equityは特定の実典法的法準則の名前にもなりました。この意味でのequityは「衡平法」と訳されます。
さて、その歴史的偶然の事情についてですが、イギリスにおいて14世紀までに地方の裁判所とcommon law裁判所などを中心とする通常裁判所の機構が整っていました。*3
ただし、何らかの理由で(例えば、通常裁判所に管轄権がないとき)通常裁判所において、正義の実現ができなさそうな場合、国王に直訴して正義の実現を求めることができたのです。
これには、common law裁判所が統一的な規則*4にしたがって判決していたために、かえって硬直化が進んでしまったことと大きく関係があります。
やがてこのような直訴の処理は大法官(chancellor)と呼ばれる行政官個人に任されるようになります。しかし15世紀になると、大法官の扱う事件数が急増しました。大法官は直訴の処理ばかりをしていては他の仕事に差し支えがありますから、大法官の役所である大法官府のなかに裁判活動に専念する部署を創設したのです。この部署が大法官裁判所です。大法官は通常裁判所の法や手続には拘束されず、専ら実質的な正義・衡平(equity)の実現を目的として個々の紛争を処理しました。だからその裁判所はequity裁判所と呼ばれ、そこで判断される法がequityと呼ばれるようになったのです。
その後1875年に実施された司法府最高法院(Supreme Court of Judicature Act*5)は、common law裁判所とequity裁判所を併合、一元化し、新しい裁判所にこれら以外の特別裁判所も組み込むことになりました。つまりequity裁判所もcommon law裁判所も同じものになったのです。
以上からわかる通り、法(law)と衡平(equity)の並立が英米法の特徴です。この二元主義は、歴史的淵源に基づく区別ですが、私法や裁判所組織にその影響を残しています。例えば、民法709条の不法行為(tort)において、common law上では金銭賠償(damages)、equity上では違法行為の差し止めを求める命令(injunction = 差止命令)ができるというように、異なる救済手段が用意されていたりします。
common lawはイングランドの慣習法を母体としてそれぞれの時代の要請に対してゆるやかに対応し、時にはequityによって補われることで、劇的な法制の変革を避けてきました。つまり英米法の法曹は、法典の解釈・適用ではなく、判例を参考としながら新しく法を作り続けていくのです。

*1:なぜ英米法かと言いますと、ご存じのようにアメリカには英国植民地時代がありました。そのときに入植者たちがcommon lawを持ち込んだからです。一般に英国の保護領とか植民地はたいてい英米法系に属します。

*2:特にイギリス法

*3:イングランドの王権は、比較的早くに確立したため、中央集権化が進んでいました。国王裁判所の裁判権ウエストミンスターの王座裁判所、人民訴訟裁判所、財務府裁判所の3つで分担していて、この3つがcommon law裁判所です。

*4:これが「イングランドの法と慣習(leges et consuetudines Anglicae)」あるいは普通法と呼ばれるものです。

*5:Actは「個別の法」のこと