リージョンフリーDVD並行輸入事件

ケース課題(2007-01)

日本法人Y1は、「Perfect History of “The Who”」なるタイトルの映画(以下、「本件映画」という。)の複製物を日本国内で販売することに関し、同映画につき著作権を有する英国法人A社からライセンスを得ており、日本法人Y2はY1を経由してそれらの複製物を販売する地位にあった。
日本人Xが英国内において適法に製作・販売された本件映画のDVD(以下、「本件DVD」という。)1000本をわが国に輸入し、販売しようとしていたところ、並行輸入品が日本市場に流通することを懸念したY1及びY2が、並行輸入された映画のDVDのわが国における販売が違法である旨の文書を自らの販売特約店等に配布したため、Xは、販売活動を妨害されたとして、Yに対し損害賠償請求を行った。
果たしてこの請求は認められるか。
なお、本件DVDには、リージョンコードが設定されていない(リージョンフリー)。

陪審による判決(Verdict)

原告の請求を棄却する

当事者間に争いのない前提となる事実

  • 本件DVDは頒布権の対象である
  • 本件DVDの頒布権は英国内においては消尽している
  • 頒布権は、もともとは劇場用映画フィルムの配給を著作権者(映画製作者)がコントロールするために創設された権利であり、映画産業の特殊性ゆえに認められた権利である
  • 映画は製作に多額のコストがかかる。投下資本を回収するため、一般に、国ごとに映画の公開時期やDVDの販売時期をずらす国際戦略が採用されている
  • 権利消尽は、再譲渡のたびに許諾を要するとなると、商品の自由な流通が阻害され、かえって著作権者の利益を害すること、二重の利得を認める必要がないことをその趣旨としている

争点

  • 頒布権は日本国内において消尽しているか否か
  • 本件DVDについて、Aの頒布権行使を認めるとすると、Aによる二重の利得を認めることになるかどうか。さらに、二重の利得以上に著作権者の利益が損なわれると判断できるか否か
  • 本件DVDがリージョンフリーであることは、頒布の黙示的許諾と解せるかどうか。リージョンフリーは使用者の便宜のみを目的とするのか
  • 本件映画は、頒布権を認めるに値するほどコストをかけた映画であるかどうか。本件映画が、頒布権を通じたコントロールの必要が妥当であるほど、多額の費用を要したかどうか
  • 再譲渡を認めないことは消費者にとって利益になるか否か、また、国際市場競争を阻害するかどうか

コメント

このケースは「101匹わんちゃん並行輸入事件」(東京地判平6・7・1判時1501・78判決の全文[PDF])が基になっています。Verdictでは圧倒的に被告有利でしたが、学説上は原告側に加担する見解が多数だそうです。
この事案において東京地裁は、並行輸入著作権侵害の抗弁事由となるとする法令および判例が存在しないことや、並行輸入は日本における事業者に不利益を与えることを重視して、並行輸入の禁止は著作権法の目的に反しないと判示しています。被告側の主張とほぼ同じですね。
しかし学説は、国際取引における流通の阻害を防止し、取引の安全を保護することをより重視する傾向があります。今回のケースでは著作権者による黙示的許諾が推認されるかどうかが争点となりましたが、推認されうるとした場合、著作物の複製物について、並行輸入は原則として許容するのが妥当との見解が多くなると思われます。論理構成は原告側の主張内容とほぼ同様で、二重利得を許容する必要がないことを主軸としつつ、権利消尽論と黙示許諾論を併せて展開しています。


ではなぜ大差がついてしまったのでしょうか。まず、もう少しケースの詳細化をすべきだったと思います。例えば、原告側は最低限以下のことを事前に質問すべきだったでしょう。

  • 本件映画はフィルムとして劇場配給されたのか、それとも家庭用DVD向けに製作・販売されたのか
  • 本件映画はドキュメンタリーか
  • 製作費はどのくらいかかっているのか

このような詳細をつかみきれなかったことが原告側の敗因のひとつだったと思います。
また、被告側が提示したCCCDの例については評価が高いものでした。

コピーコントロール機能付CD(CCCD)というものがあるが、CCCDでないCDであれば、直ちに収録曲を自由にネット送信してよいということにはならないであろう。それと同様に、リージョンコードを設定していなかったからといって、直ちに並行輸入を黙示的に許諾したということはできないはずである。

この主張が勝負の分かれ目のひとつだったと言えます。しかしながら、このアナロジーが妥当なのか、私は疑問に思います…思うんですが、根拠がきちんと思いつきません。以下徒然に考えうる理由を書いてみましょう。
第一に、音楽と映画の著作物を同列に扱って良いのかということ。もしDVDの場合なら、コピーガードもCSSも採用されていますが、CSSの位置づけは「アクセスコントロール技術」であり、著作権法で保護されているコピーガードには該当しないみたいです*1
第二に、自動公衆送信は無体物である著作物そのものを「公衆に譲渡し、又は貸与すること」になると思うのですが、WIPO著作権条約では(どういうわけか)依然として「原作又は複製物」に限って頒布を認めており、デジタルな送信を「頒布」の概念に含めていません*2。日本の著作権法ではWIPO的な意味での「頒布」として譲渡権を設定しています*3。そして、実演およびレコードについては送信可能化権に留まります*4。この違いを重視すべきではないかということ。
第三に、リージョンコントロールとコピーコントロールは使用者・利用者に対する影響が違うということ。
第四に、CCCDのシステム導入などに積極的なのはレコード会社であり創作者は消極的である場合が多いこと。これは映画の著作権が一元化されるのに対して、音楽の場合著作者と著作隣接権者とがいることが原因でしょうか…。要するに、黙示的許諾推認の程度に差が生じるのではないかと思います。


うーん。理由になってるようななってないような……。というか、そもそもリージョン・フリーの目的がよくわからないです。使用者の便宜を図るためだけなのでしょうか?それともリージョン・フリーにした以上、並行輸入されても取引安全の観点から文句が言えないのでしょうか?
個人的には、リージョンコードは著作権法の管轄ではなくて不正競争防止法が管轄になるんじゃないかと思うんですが。つまりアクセスコントロールの一種であるということです*5。少なくともコピーコントロールではない。そうであるならば、国際取引における流通の阻害を防止し、取引の安全を保護することをより重視するのが妥当ではないかと思うのですが。うーん。これで反証になるかな?

*1:音楽配信メモ - なんでDVDコピーは「違法」なの!?を参照

*2:著作権法 p172

*3:映画の著作物とその複製物は頒布権として規律するので除外

*4:WIPO実演・レコード条約の10条規定に合わせたらしい。著作物だと自動公衆送信権が認められる

*5:「ユーザーがそのコンテンツにアクセスできるかどうかを区別させるための技術」がアクセスコントロール